第14話 《宿命通》

 深く息を吐いて俺はソファに腰を落とす。

 危なかった……いや、かなりまずかったけどね、見てないし何とか乗りきれたってことでいいだろう。

 それよりもだ──俺はたった今[掌握]した法則を確認する。

 目の前のテーブルに軽く意識を向けるとテーブルに穴が開いて床が見える。 穴に腕を入れてみるとそのまま下へと手が抜ける。 天板の表側と裏側の表面を空間の穴で繋いでる状態だ。 側面から見れば天板の厚み分を空けて俺の手が伸びてるように見える。

 さっき殿村の胸を触った時も、俺は見てなかったけど壁の厚みおよそ15cm程度の空間を空けて俺の腕が風呂場の中に伸びていたはず。──うん、柔らかくて実にいい感触だった。 いや、それはいいんだ。

 空間を歪めて2点間を結ぶ──これを極めた形が異世界同士を繋ぐ《道》だからまず一歩は進んだわけだけど……

「壁を空間の断絶として[認識]して[掌握]できた。 だけどそれだけか……」

 さっきから何度やろうとしても何もない空中に同じように穴を開けることはできない。 連続した空間が同時に断絶された空間であると[認識]する──そこから[解析]に入らないと空間を自在に繋ぐのは無理だろう。

 そして《道》を創るためには異世界として断絶された空間が同時に連続した空間であると[認識]できないとならない──と思う。 正直ここはね、やったことがあるわけじゃないし[認識]できてないんだから想像するしかない。

 [掌握]した法則を手がかりに少しずつ[認識]を深めていくしかないけど──半年程度で済まないかも知れない。

 ずっと《天眼通》で空間法則の[掌握]に明け暮れるなら別だけど、日常生活も趣味の時間も放棄することになる。 六神通が悟りを開いて仏になる修行の過程で会得する力とは言え、俺は仏どころか菩薩でもない。 そんな苦行の日々はまっぴらだ。

 やっぱりもう一つの案を試してみるしかないか。

 目を閉じて意識を集中させ、3番目の『六神通』──俺が使える最後の神通力|宿命通《しゅくみょうつう》を発動する。

 《宿命通》の権能は仏教の宿命通そのまま、『自分の過去世全てを己のものとする』権能だ。

 過去世──自分の輪廻の全てであり宇宙開闢以前にすら遡る全ての生は無量大数にすら匹敵するほどの数がある。

 人間でない時もあり、地球外生命体の時も、異世界の時もあった。 中でも最悪なのがゴキブリというのだからやつは本当におぞましい。

 それらの全てを自分のものとできる──正確には最初から自分の魂に刻まれている記憶を認識できるようになる。 それが《宿命通》の権能だ。

 そして、当然のようにそれだけに留まらない権能も俺の《宿命通》にはある。

 本来なら人一人分の一生を一瞬で鮮明に追体験できるはずなのにやはりこの世界では上手く働かず子供の頃の記憶のようにぼんやりとしか見えない。 だけど俺は別に過去を体験したいわけじゃないからそれはいい。 ゆっくりと必要なことを為していく。

──よし、まだ時間はかかるけどこれなら何とか……──

 少しずつではあるが進んでいく。 それぞれの過去世の記憶はいい。 過去世の人格を捉えて──

「おふろ上がったわよ! ルナちゃん最高だったわー! って……何してるの?」

 風呂から上がってきた殿村の声に集中を乱され作業が中断される。──くそ、いい感じだったのに。 てか、風呂でルナに何してたんだ、殿村?

 まあいい。 感覚はつかめたんだ。 妥協すれば今夜の内に何とかできるだろ。 息を吐いて力を抜くと俺は目を開ける。

「ちょっとルナの世界への戻り方を──ぶふぉぉぉっ!?」

 殿村を見て俺は盛大に噴き出してしまった。

「ちょちょちょ!? 殿村──」

「どうかした?」

 どうかした?などと言いながら髪をかき上げポーズを取る殿村。

「どうかしたじゃない! おま、それ──」

「どうよ? 似合うでしょ? ムラムラしちゃったかしら!?」

 殿村はどや顔で黒のベビードールをまとった扇情的な姿を見せつけてくる。 デザインはさっきのルナのとお揃いだけど下着はさらに過激なものになっている。

 似合ってるけどさ、ムチャクチャエロいけどさ、そんなもん着て出てくるな!

 と、そこで俺はふと気付いた。

「おい、そう言えばさっきルナのあれ──」

「ユ、ユーダイ様……」

 ルナの声に横を向くと脱衣所のドアに隠れてルナが真っ赤な顔を覗かせる。

「その……私も着てみたのですが……このようなはしたない姿をお見せするのは勇気が……」

 何で着てるのさ!? 取り上げるの忘れてた俺も気が利かなかったけど。

「出てこなくていいから! 殿村。 ルナのパジャマ買ったろ? あれを持っていってやれ。」

「えー? すっごく魅力的なのに。 見ないで後悔しないかしら?」

 ニヤニヤするな。 確かに白黒ベビードールの二人が並んだら眼福だろうけどさ、俺のたぎるマグマをどうしろってんだよ? いや、自分にぶつけろと言うか、こいつなら。

「とにかくだ、あのままじゃルナが出てこれないんだから早くしろ。 ついでにお前も着替えてこい。」

「はいはい。 あー、もったいないもったいない。」

 俺を焚き付けるように呟きながら殿村は俺の部屋に向かう。

「下着も忘れるなよ!?」

 後ろが完全に紐ではいてないようにも見えるTバックのお尻に俺は釘を刺す。

 まったく──あまりの衝撃にせっかくつかんだ感覚までどっかに飛んでくとこだった。


 その後、着替えを持ってきた殿村が脱衣所に行き、着替えて出てきた二人と入れ替わりで俺も風呂に行ったんだけど──見せびらかすように置かれた二人のベビードールと下着に思わず見入ってムラムラして後悔してしまった。

 殿村の仕業に間違いないけど──本当にもったいなかったな、ちくしょう。

 ちなみにその様子を二人して覗いてやがって風呂を出た俺は殿村に煽られからかわれ、顔を真っ赤にしたルナに不潔だエッチだ言われて弁解に追われることになった。

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