第13話 一歩前進

 風呂場に二人が消えると、俺はソファに座り《天眼通》を発動する。

 また覗きかって? 期待に添えなくて悪いけど<千里眼>を使うわけじゃない。 <真理眼>で空間法則の[掌握]を試すつもりだ。

 俺が考えた二つの案の内の一つはモチベーションを高めていつも以上の集中力を発揮すること。 誰だってご褒美があると思えばやる気も増すしいつも以上の力を出せたりするでしょ?

 そして古来より、男のスケベ心が文化、文明の発展に寄与してきた事例が多数ある。 近いところではビデオデッキの普及にAVが大きな役割を果たしたように。

 つまり! スケベ心は世界を変える力さえあるということ。 男のスケベ心とそれを喚起する女性のなんと偉大なことか。

 要するに敢えて<千里眼>を封印し、風呂場で繰り広げられる楽園を堪能したければ<真理眼>で空間法則を[掌握]するしかない状況に自分を追い込むことで集中力を高めようというわけだ。

 結局覗きじゃないかって? 別に否定はしてませんよ?

 ただね……<千里眼>での覗きと違ってバレる可能性はあるしそれでルナを傷付けるかも知れないのは主義に反するんだけど……ルナを元の世界に返すためなんだからここは体を張ってもらうことにしよう。

 そう決めると俺は<真理眼>を発動させて空間を[認識]するところから始める。

 はっきりと捉えることは難しいけど出掛けてる間に<真理眼>を少し試したせいか何となくではあるけど視えなくもない。 だけど波立つ水面から水底を見通そうとするように、時おり見えかけてはまたすぐに見えなくなりを繰り返し上手く捉えることができない。 やはり目に見える法則と比べると[認識]からして相当難しいようだ。

 目に見える──か。 目に見えると言うより実際の感覚で捉えて[認識]の入り口とすることが今の《天眼通》で[掌握]に到るために必要なことだろう。

 俺は風呂場の壁に目をやる。 壁、壁──考えて見れば物理的な壁で区切られていても空間的な繋がりは断たれてるわけだよな? 目に見える空間法則──入り口くらいにはなり得るか?

 立ち上がり壁に近付くと目を閉じてゆっくり壁に手を伸ばしてみる。 壁に手が触れて手が止まる。──もう一度、今度は壁に手が付くまでは空間が繋がっていて壁に手が着いたところで空間が途切れると強くイメージで捉えながら──

 何度か繰り返す内にさっきよりも[認識]が進んだ気がする。 だけどその先が難しい──[認識]をつかむのに後一歩の感じはするのに。

 空間の断絶──この向こうには男として見過ごせない、見過ごしちゃいけない光景が繰り広げられている。 この楽園を隔てる壁を何とかすれば──そう、ほんの数mmの小さな穴で構わない。 それで俺は至福の時間を堪能できる。 雄大、お前は見たくないのか? 見たいに決まってるよな!?

 だったら全力でやってみろ!

 ──なんてね。 そんな簡単にできたら苦労はしない。

「やっぱり時間かかるな、こりゃ。 もう一つの方法も──」

「何の話してるの?」

「ああ、異世界への《道》を創るのが大分てこずりそうだなって……」

 もう風呂から上がってきたのか、話しかけてきた殿村に答えながら俺は違和感を覚える。 声の方向……俺の真っ正面じゃね?

 脂汗がにじみ出てくるのを感じながら俺は深呼吸をする。 落ち着け、慌てるな。 これは迂闊な行動を取るとヤバいパターンだ。

「ユ、ユユ、ユーダイ様!? ななな、何をしていらして──」

 ルナの声も真っ正面から聞こえてきて脂汗がダラダラと流れてくる。 だけど大丈夫だ。 目はしっかり閉じている。 言い訳はちゃんとできるぞ。

 てかさ、一発で空間に穴開けるとか俺のエロパワーはどうなってるんだ!? えっ、何? [認識]に手こずってたんだけど? マジで一瞬で[掌握]まで行っちゃったわけ? エロパワー偉大すぎない?

 いやいや、それは後にしてまずは弁明が必要だろう。

「落ち着いて話を聞いてくれ。 とりあえずこれは──そう、不幸な事故なんだ。 幸い俺は目を閉じていて何も見えてない。 だから問題はない。 そうだろ?」

「見えてなければいいという問題ではありません!」

 うん、お説ごもっとも。 目を閉じてようが全裸で男の前にいるなんてルナにとっては羞恥の極みだろう。

 全裸……体を洗ってたなら泡で全部は見えない可能性はあるよな……いかんいかん、誘惑に負けるな。 薄目だったら……いや、バレるか……くそっ! ムチャクチャ見たい!

 小さな穴ならこっそり覗けたのにやたらでかい穴を開けちゃったみたいだし……エロパワーの強さが裏目に出たか。

「なになに? 雄大ったらアタシとルナちゃんの入浴シーンを想像して我慢できなくなっちゃったわけ!? こんな穴を開けて乱入しようなんて大胆なんだから!」

 嬉しそうに言うな。 頬に手を当てながら親指立ててるのが目に見えるようだよ。

「ユ……ユーダイ様はそのようなことしないと信じてましたのに!」

「いや、だから違うんだ! 《道》を創る練習をしていたらいきなり──」

 否定しようとして俺は思わず手を突き出してしまう。 あ、ヤバ。 これってよくある展開だよねー、うん、胸触っちゃって騒がれるやつ。

 などと考えてる余裕はあっても思わず突き出した手は止まらず柔らかい感触を鷲掴みに──やっちまった。

「いやん♪ 雄大のエッチ(はあと)」

 何だ、殿村か。 よかったよかった。

「ちょっと!? 人の胸を鷲掴みにしといてその反応はひどくない!?」

 安堵のため息をつく俺に噛みついてくる殿村。 いや、だってお前なら俺に触られて嫌な思いはしないだろ?

「いや、ルナじゃなくてお前の胸でよかったよ、本当に。」

「わ、私は触らなくてよかったと思うくらいに魅力がないんですね……」

 落ち込んだように言うルナ。 いかん、また言い方が悪かった。

「いや、そうじゃなくてさ……何? 触られたかったの?」

「そ、そんなはしたないこと! そうではなくてその……乙女心は複雑なんです。」

 乙女心めんどくさい。 いやいや、そういうことを言っちゃいかんな。 こんなだから彼女もできないんだろ、俺。

「とにかくだ。 エウレシアに戻るために一歩進んだ。 まだ難関続きだけどね。 俺はもうちょっとやってみるから二人はゆっくり風呂に入ってて。」

 また面倒くさいことになる前に、俺は一方的に言って空間の穴を閉じた。

 目を開けるとそこには普通に壁がある。

 同じ世界で壁に穴を開けただけ──何もない空間同士を繋げることすらまだ無理だ。

 だけど確かに一歩──進んだのは間違いない。

 後はさらに深く[掌握]するために──あれ・・が必要だな。

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