第3話 S女剣士の誤算

 赤毛の女剣士──近衛の筆頭らしい彼女はこの場を凍り付かせるほどの気を放ちながら顔にはあくまで柔和な笑みを浮かべている。

 いやぁ……怖いねぇ。 笑いながら人を殺せるタイプだわ、この人。 しかも殺すのが楽しいわけでもないのにっていう一番ヤバい感じの。

「中々の胆力ですね。 わたくしの気を受けながらのこの状況でこうも落ち着いていられるとは。」

「それはどうも。 鈍感とか空気読めないって周りにはよく言われるもんでね。」

 挑発するように返してみたけど格別の反応はなし。 さすがに一流だね。

「ラフィス殿! 早まってはなりません! その者は──」

「宮廷魔術師10人の命と引き換えに召喚した異界の者──《越境者》。 異界を渡ることで高位魔族や貴族級の悪魔ははおろか魔王にすら立ち向かえる力を有している。──分かっておりますわ、ザンバイア殿。」

 グラインとやらと並んでいた爺さんの一人が上げた声を遮り淡々と語る女剣士──ラフィスはさらに続ける。

「けれど魔王に匹敵するとは言えそれは得た力を理解し、発現させ、磨きあげてこその話。 召喚されたばかりの今は単なる一般人です。

 おまけに召喚の儀式には我々に対して害意を向けられないよう拘束術式を組み込んである──殺しはしませんが王家を侮辱する無礼者には躾が必要でしょうし今がその機ではありませんか?」

「それは……」

 ラフィスの言葉に顔を見合わせるグラインとザンバイアにもう一人──この三人の爺さんが召喚の儀式を主導した宮廷魔術師のトップか。

 しかしまあ俺に自分の立場を分からせようとしたんだろうけど細かい説明ご苦労様。 これで俺がこいつらに力を貸してやる理由はなくなった──まあ元々なかったけど今後生まれることもなくなったな。

「さて、貴方の立場は分かりましたね?」

「そこまで馬鹿と思われるのは心外だな。

 まあ大体分かったけどさ、俺だって一応は男なんだからあんたみたいな美人さんよりは強いと思うよ?」

 元の世界なら差別だセクハラだと騒がれること間違いなしな俺の台詞に楽しそうに笑うラフィス。

「美人だなんて誉められると嬉しいわ。 でも……やっぱりお馬鹿さんね。」

 朗らかに笑ったかと思えばスッと目を細め、

「安心なさい。 わたくしは得意なんですのよ? 物を知らないお馬鹿さんに物を教えるのと……悪い子にお仕置きするのはね。」

 ラフィスはわずかだが目を潤ませ頬を紅潮させる。 おおぅ……この女、おっとりお姉さん系の見た目に反してSかよ……

「待たれよ、ラフィス殿! やはりおかしい。 その者は先ほど──」

 グラインの制止の声も間に合わず、思わず軽く引いている俺にラフィスが剣を凪ぎ払う。

 おいおい、殺す気はないって確かに切らないように剣の腹で叩きにきてるけど金属の塊でそんな速度でぶっ叩かれたら普通に死ぬだろ。

 おまけにそれって魔術武器だよな? 鍛え上げた軍人だって死ぬぞ、確実に。

 《越境者》は力の発現には修行が必要だけど身体的なポテンシャルは召喚された時点で上がってるからそれを見極めた上での攻撃か。 そう考えると確かに死なないよう手加減してることにはなるのかな。

 さすがは御使い級エンジェル──神速の斬撃を眺めながら、俺はラフィスの説明にもなかったことも踏まえ分析する。 このS女……手加減しながら最大の痛みを与えるように攻撃してきてやがるな。

 俺はため息をつきながら無造作に手を伸ばすと親指と人差し指で剣をつまみ直角にへし曲げる。

「────!?」

 声も出せないほどの驚きに目を見開き口をパクパクさせるラフィス。 その場にいる全員が同じ驚きに唖然としている。

 それはそうだろう。 この国で最強の剣士の神速の斬撃──見えたはずもないし俺が何をしたのかも分かるわけないが結果は明白に見えてしまっているんだ。

「そ、え、こ──な、何よ!? ちょっ、こんな、ま、ウソ、えっ、あなっ──」

 ラフィスは動揺しきってまともに話せなくなっている。

「まあ落ち着きなって。 はい、深呼吸深呼吸。」

 ひどく動揺するラフィスを落ち着かせてやろうと背後から・・・・肩に手をかけて深呼吸を促す。

 ラフィスはものすごい勢いで振り向き俺を確認すると俺が今しがたまで・・・・・・座っていた・・・・・石台を見やり王女を抱えて一気に5mも飛び退く。

 落ち着かせてあげようと思ったのにそんな反応されると傷つくなぁ……嘘です。 本当はむかついてたからからかってやっただけです。

「貴方……一体何者なの!? なんでこんな……」

 動揺もほぼ収まり恐怖もなし……理解不能な事態に困惑はしてるけど──さすがに人類最強の一角だけのことはあるか。

「だから言ったでしょ? あんたみたいな美人さんよりは強いって。」

「あり得ない……まさか《越境者》が最初から私より……違う! そうじゃない! あんな真似……いくら鍛えたって人間にできるわけないわ!」

「人間には無理でも《越境者》ならできるだろ?」

「それは……言え、あり得ない! 何も知らないままにいきなり力を使えるなんて……」

 ちょっと頭が固いみたいだな。 そうじゃないんだよ。

 俺は軽く手を掲げて見せると警戒する皆の前で軽く指を鳴らしてみせる。 それと同時、兵士の大半と近衛の三人、宮廷魔術師の三人組に国王までが地面に崩れ落ち苦鳴を上げる。 身体をを起こそうとするけど何かに体を押さえつけられるようにして身動きもできない。

 何が起きてるのかも分からず困惑しながら王妃が国王にすがり付き、同様に無事な兵士の一部が同僚を揺さぶる。 平気でいるのは全て女だ。 ま、むかついたからって女を痛め付けるのはちょっとあれだし。

「こ……これはまさか……重力魔法!? 公爵級悪魔や竜族しか使えない──魔術では再現できない秘奥の……」

「しかも……対象を選択して……馬鹿な! こ……こんな真似……聞いたことも……」

「《越境者》でも……ここまでのことができるはずが……それよりなぜ我々に攻撃ができる!?」

 グラインとザンバイアにもう一人の宮廷魔術師は俺が何をしたのか分かったようだ。 なぜできるのかは分かっちゃいないみたいだけどね。

 俺のそばにいるラフィスと王女様は呆然として周りをただ見ている。

「そんな……まさか本当に……異界からきてすぐに──」

「本当に頭固いな。 ヒントのつもりだったのにまだ分からないのか?」

 ここまで鈍いと呆れる他ないね。 いや、思い込みに捕らわれすぎてると言うべきかな。

 俺がもう一度指を鳴らすと男たちを押さえ付ける力が消え、皆が恐怖を抱えた目でこちらを見る。

 どういうことだ?とこちらに目で問いかけるラフィスと王女様に教えてやる。

「《越境者》も力を使えるようになるには時間がかかる──だけどさ……《越境者》が異界を渡るのが一生に一度とも、《越境者》を召喚できるのがこの世界だけとも限らないとは思わないか?」

「────っ!? まさかっ!?」

 場の全員にようやく理解が行き渡る。

「何を決めつけてるんだか知らないけどさ……」


「俺が召喚されたのはこれで3回目だよ。」

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