第6話 ハッカパイプは雨の味
級友たちは涙ぐみ、別れを惜しんでくれた。
「ショウコさん、わたし、お手紙書くわ。落ち着いたら、お返事頂戴ね」
「ええ、きっとね」
門をくぐってから一度だけ学舎を振り返ったとき、わたしは女学校という場所と、女学生として生きていた自分や級友たちのことがとてもすきだったのだと、改めて実感した。無垢な身体にまとわりつくセーラー服が鬱陶しいと感じたこともあったけれど、もう着ることもないのだと思うと、寂しいという気持ちがじんわりと胸を満たした。
わたしは最後に、駄菓子屋へ足を運んだ。
湿度の高い空気が肌をなでる感じは、不思議と不快ではなかった。わたしはセルロイドの人形が先端についているハッカパイプをひとつ買って、駄菓子屋の外に置かれている、塗装が剥がれ錆が浮いているベンチでゆっくりと吸った。
薄荷の香りが鼻を抜けてゆく感覚は、本物の煙草とどれほど違うのだろう。わたしは薄荷の香りを感じながら、書斎に漂う甘い匂いを思い出していた。わたしは、おもちゃのようなこのパイプの方が良い。ずっと清潔で、周囲に煙を残さないから潔い。 少女には甘い煙より、背筋が伸びるような薄荷の香りがふさわしい。
大きく息を吐きながら空を見上げると、雨の気配が感じられた。
「かわりに泣いてくれるの」
感傷的な言葉を口にしても、きっと今日だけは許される。
わたしはハッカパイプをスカートのポケットに入れて、小雨の中を歩きだした。
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