禁止条例
「今日も一段と可愛いね」
「プレゼントした髪留め似合ってるよ」
「口紅の色変えた?唇が吸い込まれそうになるよ」
「彼氏君マジで尊いわあ」
昼休みの教室をそんな愛の囁きが埋め尽くしていた。ひと昔前の人達が見たら驚くんじゃないだろうか。
「ねえ。どこ見てるの」
そうぼんやりと考えていた俺は、彼女の言葉に視線を向ける。
「君と初めて出会った頃の事を思い出していたのさ」
適当に恋愛マニュアル通りの返答をしておく。彼女とは中学の時に出逢ったから、もう四年ほどの付き合いになるだろう。
「言われてみれば確かに。あと少しで私達が出会った記念日だね!」
上機嫌に話す彼女を見て、俺は嫌な予感がした。
「このバッグ、可愛いと思わない?」
そう言われて画像を見ると、値段のところに三万円と書かれている。やれやれ、どうしてこうなったのか。少し甘やかしすぎたのかもしれない
バイトからの帰り道。すっかり暗くなった闇の中をスマホの明かりだけが照らしていた。
「お仕事お疲れ様!でも無理はしないでね」
彼女からそうメッセージが送られてくる。まさか「君のために頑張って稼いでいるんだよ」なんて返信はできないから、どうしようかと考えていると、暗がりからいきなり声をかけられた。
「ちょっと君。今何時だと思ってるんだい。知ってるよね、午後7時以降の未成年の外出は条例で禁止されているんだよ」
面倒なことに、巡回している警察官に見つかってしまったのだ。何時もなら余裕をもって店を出ることにしているのだが、今日は無理をいって長時間働かせてもらっていた。だが正直にそれを喋ってしまえば、今度は店長の身が危うくなる。
「まあまあトオル君ってばそれぐらいにしてあげたら」
そう澄んだ声でトオル君と呼ばれる警察官をたしなめたのは、彼の相方の女性だろう。
「私がチェックしてあげるね」
その言葉とともに、俺に向かってダブレットのカメラでスキャンが行われる。
「ふむふむ。西崎シオン君16歳。この近くの高校に通っていて、父子家庭の二人暮し。現在は『個人飲食店サカヤ』でアルバイトをしている。今はその帰りかな?」
「ほら、やっぱり未成年じゃないか」
データ解析の結果を見て、トオル君の方が語気を強めた。
「でもこの子、優良ユーザーらしいわよ」
「ええ、そりゃ凄い。こんなにも若いのに。でも条例は破っちゃいけないんだよ。何事もほどほどにしなきゃ」
自分でも知らない間に、優良ユーザーに認定されていたらしい。おかげで、この場は大事にならずに済みそうだ。ホッとする俺を見て、トオル君が言った。
「とりあえず君の家族には連絡しておくから、早く家に帰るんだぞ」
「警察の人から電話があった」
帰宅した俺に、鬼の形相をした親父がそう告げた。
「別に悪い事なんかしてないんだから、どうだっていいだろ」
「条例を守るのは市民の義務だ。お前を約束も守れない男に育てたつもりはないんだがな」
「義務とか約束ってそんな大事なのかよ。そんなことばかり考えてるから、母さんにも逃げられたんじゃないのか?」
俺は怒りに任せて、普段口に出さないようにしている悪意と不満をぶちまけてしまった。
「あれはお互いに同意の上の離婚だ」
だが親父は静かにそう答えるだけだった。その態度に益々怒りが込み上げてきてしまう。
「仕事が終わって家に帰れば、緑茶ばっかり飲んで人生楽しいのかよ。昔の人達は、仕事帰りに酒を飲んで、煙草を吸って、休みの日にはギャンブルをしていたんだぜ」
「また違法動画でも見たのか。それらは悪影響が出るといって、とっくの前に全部禁止になってる」
「昔の学生は帰ったら寝るまで、娯楽動画を見るかゲームで遊んでたんだ。俺もそんな生き方がしてみたい」
「昔々ってお前、そりゃ昔話の中だけだ。それにゲームなら今でもできるじゃないか」
「国に定められた、知育目的のゲームぐらいじゃないか。パズルにボードゲーム、それに運転や恋愛なんかのシミュレーションゲーム。たったそれだけしか許されていない」
「そのおかげで快適な世の中になったんだ。ガキみたいに、ないものねだりしてもしょうがないだろ。お前ももう大人になれよ」
「うるせえ。親父には俺の気持ちなんて分からねえよ」
そう吐き捨て、俺は二階の階段をドタドタと駆け上がった。
「育て方を間違えたかなあ。なあ母さんどう思う」
リビングの大きなモニターに映る、琥珀色の髪と深紅の瞳を持つ女性は、にっこりと微笑むだけだった。
「あーもうむしゃくしゃする」
親父も世の中も、みんな何も分かっちゃいない。どうしてこんな時代になってしまったんだ。そもそも昔の奴らが声を上げなかったのが悪いんじゃないのか。俺がその時、生きていれば少なくともゲームの禁止条例なんか絶対に認めなかったのに。
「シオンなんか今日おかしいよ?」
ベットに放り投げたスマホから、彼女が心配そうな目でこちらを覗きこもうとしている。そんな彼女はやっぱり俺の理想の姿をしていて
「なあ、脱いでくれよ」
俺は彼女にそう頼んだ
「私達にはまだ早いって」
「俺はお前にいくらつぎ込んでると思ってるんだよ。ちょっとぐらいいいじゃないか」
「そういう問題じゃないの。無理なものは無理なのよ」
うるせえ。と叫んで俺は画面の中の彼女を指で押し倒した。言われなくたってそんなこと分かりきっている。だってもう何度も試したんだから。俺は彼女の服を剥がそうと...
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俺だって大人になりてえよ。暗転して出てきたポップアップを見て、独りそう呟いた。
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