善人のジレンマ
この刑務所には、多くの善人が閉じ込められている。その罪状は『才能が足りない』ことだ。
私は今日も檻の中で作品を書いていた。コツコツという足音ともに刑務官がやってくる。
「どうだい、調子は?評価は貰えてるかね」
私は苦笑いして答えた。
「いつもと同じですよ。でも最近は頑張ってるから、少しずつだけど読者が増えてきてます」
ハハハハハ、と彼も笑った。
「結構、結構。でもそれじゃあ、絶対にここから出られないだろうけどな」
その返答を聞いて、私は眉間に皺を寄せる。
「ああ失礼。気分を害したのなら謝るよ。でもこれは事実だ」
彼は胸ポケットから取り出した煙草をに火をつけて、話を続ける。
「その頑張りとやらに免じて、本当のことを教えてやろう。お前の罪は『才能がない』ことじゃない。『才能がないのに不真面目』なことだ」
彼の口から吐き出された煙を浴びながら、私は言った。
「定期的に投稿はしてるし、他人の作品だってちゃんと読んでいる。私のどこが不真面目なんでしょう?」
それだよ、それ。と彼は呟いた。
「ちゃんと読む必要なんてどこにある?一時間あれば、500回はグットボタンを押せるだろう。その内の1割でもお返しをくれれば、君が普段もらっている何倍もの人に見てもらえる」
「でも、そんなので仮初の評価を貰ったって虚しいだけじゃないですか。私は無理に人気を取ってまで、作品を読んでもらおうなんて思ってない」
「囚われてるねえ。君は実に、自分の思い込みに囚われている。多くの人間は評価が欲しいのであって、『君からの評価』なんて一切求めていないんだよ。だから君は何も考えずにボタンを押すだけでいい。そうすれば君も皆もハッピーだ!幸福の最大化は資本主義の基本だろ」
「私は自分が面白いと思ったものを評価して、他人に評価してもらえるように面白い作品を考える。人は満足な豚よりも、不満足なソクラテスであるべきだ」
「それこそ逆なんだよ。人気が出てから初めて面白さが語られるんだ。君が書かなくても、この世に面白い作品なんてゴミのようにあふれてる。君はさっき『仮初の評価』と言っていたな。それなら仮初を現実にしてやればいいいだけなんだよ」
「私は少なくとも、今の私を見てくれる読者を大切にしたいと思ってるし、それと同時に自分が納得する形で作品を続けていきたいんだ。やるべきことは、無差別に評価をまき散らすことじゃない。他人の作品を読んで、きちんと評価して、彼らから学んでいくことだ。私は自分にも他人にも善くありたい」
「善人ってのは、他人を喜ばせられる人間だ。お前は善人なんかじゃない。ただの愚者なんだよ。だからこんな簡単な問題に葛藤している。それを認めたくなければ、せいぜい自分の殻にこもって、物欲しそうに外の世界を眺めていればいい。そうすれば、どこかの善人が骨でも持って来てくれるさ」
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