第41話 ありがどうな、相棒!
そこから降りてきて正々堂々と戦えと言うミラスタールに対し、キースは鼻で嗤い飛ばす。
「勘違いするなよ雑魚が。貴様などこの俺さまが自ら手を下すまでもあるまい」
町を睥睨したキースは兵たちへそっと頷く。
「!?」
すると、ミラスタールの周囲を取り囲んだ兵たちが半笑いを浮かべながら抜刀する。
「どこまでも卑怯なやつだな」
「ふんっ、俺さまと相見えたければ実力を示すのだな。愚王なる一族……ミラスタール・ペンデュラムよ」
「あんまりこの俺を舐めるなよ、キース!」
「ほぉ~、口だけは達者だな」
ミラスタールが透かさず腰に提げた剣身を持たぬ柄を抜き取れば、たちまちその場が笑いの渦に包まれる。
「ぎゃははははっ――こいつは傑作だ! そのような刃を持たぬ
膝を叩いて笑い転げるキースの横で、リブラビスもあちゃーと頭に手を置いて溜息を吐いている。
「案ずるな、リブラビスよ! 俺は偉大なる王――ミラスタール・ペンデュラムなのだぞ」
「なにが偉大なる王だぁ! 貴様は前代未聞の間抜けなる愚王なる一族、その間抜けな末裔だろうがっ」
ミラスタールは瞼を閉じて降りかかる声音を振り払うと、次の瞬間――カッと力強く碧眼を見開いた。
「スリリン……
「あいよ!」
瞬く間に漆黒の翼が彼を包み込むと、黒く禍々しい二本の角を生やした悪魔の鎧を身にまとう。手には漆黒の剣を携えている。
その姿を目にした彼らからは笑い声が消え失せていた。
「な、なんだそれは!?」
「ダークスライムの鎧と剣だ。貴様らのような雑魚では俺に傷一つつけられないぞ!」
「スライム……だと!?」
キースへ剣先を向けたミラスタールが豪胆にいい放つと、「殺せっ!」短い指示が兵たちに下される。
一斉に斬り込んでくる兵たちの刃が
瞬刻――両手で剣を構えるミラスタールが指先一本動かすことのないまま、鍛え上げられた強靭な肉体を有する男たちを次々と斬り伏せていく。
変幻自在の意思ある
錆びた鉄の薫りがそよ風に乗って町へ漂う。それは兵たちにとっての破滅と絶望の薫りとなる。
しかし、その臭いがリブラビスの鼻先を掠め鼻腔の奥に広がった頃――彼女にとっては救世主の訪れを知らせる薫りと変わっていた。
「す、すごい……あれが……あの、ミラスタールなの!?」
地獄と化したこの日々を、彼なら救い出してくれるかもしれない。胸の奥にわずかに光が宿ったリブラビスを、冷静に観察していたキースが「なるほど」と口にする。
「案ずるでない、我が優秀なるユーゲニウム兵よ! このようなモノは所詮まやかしに過ぎん。魔導兵、前へっ!」
様子を窺っていた魔導師たちが手際よくミラスタールを取り囲んでいく。
魔導師たちはキースの意図を理解していた。
彼は気づいてしまったのだ……あれがただのスライムだということに……。
「悪あがきか、キース! みっともないやつだ」
コロコロと笑い声を響かせるミラスタールとは違い、スリリンは慌てたように声を張り上げた。
「まずい、相棒っ!?」
スリリンの絶叫がミラスタールの鼓膜を揺らした直後、詠唱を終えた魔導師たちが一斉に火球を撃ち放った。
すると、
「あぢぃぃいいいいいいいいいいいっ!?」
「へ……? あっ、熱っ!?」
四方から一斉に放たれた炎が容赦なく彼らを包み込む。火だるまになって燃え上がるミラスタールはあまりの熱さに剣を遠くへ投げ捨てた。そのまま転がり火を消そうと奮闘するが、火の勢いは弱まるどころか増す一方。
スライム種は『斬擊』『打撃』を無効化してしまうが、魔法攻撃にはめっぽう弱い。キースはスライムの弱点を見事に見極めていたのだ。
のたうち回るミラスタールを道連れにしかねないと判断したスリリンは、やむを得ず
「スリリン!?」
「あい……ぼぅ」
黒く小さなぷにぷにが燃えて溶けていく。その個体がどんどん小さくなっていくのを、呆然と見つめることしかできないミラスタール。
「そんな……スリリン……」
「そん、な……面すんじゃねぇよ……おれ、っちを……ここまで、つれだして……ぐれでぇ、ありがどうな、あい……ぼぅ」
「いやだ、いやだ、死ぬなスリリン!?」
必死にスリリンを蝕む炎を取り除こうと手で払うミラスタールだが、その炎は消えない。
それでも、彼は火傷だらけの掌で何度も、何度も炎を消そう試みる。
「たのじぃ、がったぜ……あい、ぼぅ……どの、ひびは……」
「大丈夫だ……必ず、必ず助けてやる! 俺は偉大なる王なんだ。おれに……ずぐえねなぃ、ごどなんで……ないんだがら……」
「ありがどぅ……あいぼう」
ダークスライムスリリンの姿が……完全に焼失してしまった。
最後に聞こえた優しい声音が脳にこびりつく。
「いやだぁぁあああぁぁぁあああああぁぁぁああああああぁぁあああ――!!」
泣きわめき、蹲るミラスタールの頭上からは嘲笑う男の声が雷雨のように降り注ぐ。
それは次第に嵐となり、周囲を取り囲む魔導師たちの嗤いを引き連れてくる。
「いきがっても所詮はガキッ! 無様だな、ミラスタールよ」
ゆったりとした動作で頭を上げたミラスタールはぐしゃぐしゃに濡れた顔で、声の主を呪い殺すように睨みつけた。
「ごろず……ごろじでぇやるぅぅうううううう――!!」
両手を放り出し、やぐらへ向かって駆け出したミラスタールだったが、彼の体が進行方向とは逆に吹き飛んだ。
仲間を殺された兵のハイキックが彼の顔面を捉えたのだ。
「ぅう……ぅっ」
「覚悟は出来てんだろうな……クソガキッ!」
「簡単には殺すなよ。その愚か者はこの俺さまを罵った大罪人なのだからな」
「へへっ、サンドバッグにしてやるぜ!」
鼻筋を押さえて蹲るミラスタールの髪を、屈強な男たちは容赦なく掴み上げた。
「やめ……ろっ、おれは……おう、だぞ」
涙と鼻血が混ざり合った顔が苦痛に歪む。そこへ男の剛腕が溝内に突き刺さる。
「ぐわぁ……っ」
血反吐を吐いた少年に、男たちは何度も、何度も強打を繰り返す。
意識が朦朧とするミラスタール。目の前がぐにゃぐにゃと歪み、目前の男が何重にも重なり見える。
「やめてぇ――! おねがい……もう、やめてぇ……」
目を覆いたくなる程の惨い仕打ちに、リブラビスは涙を零しながらキースへと懇願する。
「ふんっ、もうよい。殺せ……」
吐き捨てられたキースの言葉を受け、ボロ雑巾のように地面に倒れ込んだミラスタールへ、兵の剣先が突きつけられた。
混濁する意識の中、男の刃が高く振り上げられると………消えた。
目の前から男の姿が忽然で消えたのだ。
さらに同時に耳をつんざく地響きと、激しい揺れに見舞われる。
なにが起こったのか理解できないミラスタールが霞む視界の中で捉えたのは……大根を十本に纏めたような太股……広く逞しい背中はゴリラが可愛く思えるほどの背筋を浮き上がらせ、その
首を回し振り返ったその相貌に、ミラスタールはハッと息を呑んだ。
「ポ……ポポコ……ちゃん?」
「み~つけた……♡」
女性が発したとは思えぬ程の低音が骨の芯まで響き渡り、激しく脳を揺らす。
刹那――ミラスタールの全身を戦慄が駆け抜けた。
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