第40話 龍と虎
「速攻ぶっ飛ばして速攻帰るぞ、スリリン!」
「あいよ! 俺っちと相棒のタッグなら、そんじょそこらの人間なんかにゃ殺られねぇさ」
気勢を発し、黒き流れ星の如く天空を駆け抜けるミラスタールとスリリンだが、突如急ブレーキをかけてピタッと動きを止めてしまう。
「なんだ……あれ?」
「ん……人か?」
エルビンの王都が目前まで差し掛かった頃、二人の眼下には奇妙な光景が広がっていた。
蛇のような行列をなした人々の群れである。
数キロに渡り延々と伸びる列を目で追っていくと、先頭の集団が王都へと入って行くところが確認できる。
「我が国に攻めておきながら呑気にパレードでも開催してるのか?」
「まさか……そんなイカれたことはさすがにしねぇだろ」
「スリリン、一部を望遠レンズに変化だ」
「あいよ」
ヌポッと右翼の一部が剥がれ落ち、あれよあれよという間に望遠レンズへと変化する。それを覗き込み様子を窺うミラスタール。
「あれはっ!?」
望遠レンズを覗き見るミラスタールは一驚に身を反り上げてから、食い入るように身を丸める。
望遠レンズ越しに確認した行列はすべて年若き少女たちであったのだ。
さらに長く伸びたその先、王都の中央広場へと双眼鏡を向けたミラスタールの奥歯が、ガリガリと奇妙な音を鳴らした。
「あ、あの野郎っ!?」
歯噛みするミラスタールは見てしまった。
町の中央広場で即席の祭りやぐらの上、装飾をふんだんにあしらった玉座に腰を落ち着かせたキース・ユーゲニウムの姿を……。
彼はエルビン中のうら若き乙女を一同に会し、自身の審美眼にかなった少女たちを
さらに、高笑いを響かせる彼の傍らには、見覚えのある少女の姿を見つけてしまう。
美しいラベンダー色の髪に、目鼻立ちが整った少女――リブラビス・エルビンである。
「リブラビス……ムフフ。なんてエッチな恰好をしてるんだ……って、そうじゃない!?」
キースの真横で跪くリブラビスは王族とは思えぬほどに肌を露出した恰好、キャミソールに身を包んでいる。か細い首には奴隷のような首輪が装着させられており、そこから伸びた鎖を手にするのはキース・ユーゲニウム。
彼女が彼の婚約者だとは到底思えぬ仕打ちに、ミラスタールの眉根が怪訝に寄せられた。
「……あいつは婚約者のリブラビスを……あれではまるで奴隷ではないかっ!?」
「相棒より百倍たちが悪いな」
「バカッ! 俺は美少女をあのように扱ったことなんてないよ!」
「まっ、確かに……淫魔術で籠絡してるだけだからな」
長く伸びた列を忌々しげな表情で見下ろしたミラスタールは、ここに集まった少女たちもキース・ユーゲニウムの魔の手に堕ちてしまうのかと再び奥歯を鳴らす。
「許せんっ! このような卑劣極まる非人道的な行いは、美少女ちゃんたちに対する冒涜だ! すぐに止めてやる!」
「ま、待てよ、相棒!」
スリリンの言葉も届かぬほど、ミラスタールの頭には血が上っていた。
そのため、少女たちを誘導する無数の兵の存在を見落としていたのだ。
「キース・ユーゲニウム!」
全速力で町の上空に移動したミラスタールは眼下のキースを睨みつけて、威嚇する犬の如く吠えた。
「ん……なんだ……あれは!?」
研ぎ澄まされた切っ先のような鋭い声音が上空から降り注がれると、驚愕に目を丸くしたキースが思わず腰をあげた。
「……ハッ!? 愚王家……ミラスタール・ペンデュラムだとっ!?」
「ミラスタール……ペンデュラム?」
声の主に驚いているのはキースだけではない。町の警備に当たっていた兵も、整列させられていた少女たちも、誰もが彼を仰ぎ見ていた。
もちろん、弱々しい声音で彼の名を囁いたリブラビスも、である。
「な、なんだ貴様のその羽はっ! 貴様いつから魔の類いと化したァッ!」
「黙れ黙れ黙れっ――! この……ドスケベ変態黒光り王子がァッーー!!」
「だだ、誰がドスケベ変態黒光り王子だっ! 不敬だぞ、このクソガキがっ!」
「なにが不敬だ! 俺の国へ攻め込み、あまつさえ美少女たちにこのような卑劣な行為を行う貴様は……誰が見ても最低最悪のクズじゃないか!」
「貴様にだけは言われとうないわァッ! 降りて来い、ぶち殺してやる!」
「望むところだ!」
石畳の町へ降り立ったミラスタールを、祭りやぐらの上から憎たらしげに見下ろすキース。その横には手を突き、身を乗り出すリブラビスの姿もある。
「に、にげて……逃げなさいっ! ミラスタール・ペンデュラム――彼は常軌を逸しています! 彼はまともではありませんっ!!」
「俺さまの許可なく口を開くなと言ってるのがわからないのかっ、リブラビスッ――!!」
「イヤッ――!?」
キース・ユーゲニウムの悪魔の所業、その一部始終を目にしていたリブラビスが声を大にして叫ぶと、腹を立てた彼が鎖をガッと引っ張りあげた。引きずり起こされるように上体が浮き上がると、有無を言わさぬキースの張り手が頬に痛みを走らせる。
「なっ、なんということを!? ここ、婚約者に手を上げるなど貴様正気かっ!!」
「婚約者ぁ? ふんっ……こいつはただの俺さまの性奴隷だ。こんな間抜けな女とこの俺さまが婚姻などするわけなかろうがっ!」
「性……奴隷、だと!?」
「あぁ、そういえば……お前はかつてリブラビスに婚約してくれと泣きついたらしいな。だ・け・ど・貧乏国家の貴様は盛大にフラれたらしいじゃないかぁあああああああ!」
ぎゃははははっ――耳にキースの嘲笑う声がべったりと張り付くと、目から焔が噴き出す如く烈火の勢いで激昂するミラスタール。
「黙れぇぇえええええええええっ――!!」
キース・ユーゲニウムは決して触れてはならぬミラスタールの逆鱗に触れてしまった。
彼はエルビン王から拒絶されたあの日の出来事を、一日たりとも忘れたことなどない。
美少女を手に入れられなかった。
喉から手を伸ばすほど欲しかったリブラビスが二度と手に入らぬと知った彼が、赤子のように泣き喚いたことはペンデュラム国中の者が知り得る事実なのだ。
嘗てそのことを冷やかした貴族が国外追放されてしまうほど、ペンデュラム国内では口にすることすら禁句とされていた。
それを……キース・ユーゲニウムは美少女たちの前で言いふらしてしまったのだ。
「殺す……貴様だけは……絶対にぶち殺す!」
「はぁ? 剣の腕も大したことのないと聞く貴様が、この絶対なるユーゲニウム王の息子――キース・ユーゲニウムを殺すだと!? 寝言は寝てから言うのだな……クソガキッ」
睨み合う龍と虎――因縁の対決がついに幕を開ける。
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