第33話 犯した罪
ドライアドを救出することに成功したミラスタールたちがゲートを通り、エルフの里に帰還してしばらく経った頃――南のユーゲニウム国の古城には、玉座にどっしりと構えた王へ跪く少年の姿が見受けられた。
長い手足に夜の闇を編み込んだような黒髪をターバンで包んだ褐色の少年。身につけている首飾りや耳飾りはどれも黄金を用いて造られた巧みの逸品。目映いばかりに光輝いている。
「父上、これは好機です。エルビン国の魔物による被害は甚大。あの国を手中に収めるのも容易いかと」
「ふむ。しかし、第一王子キースよ。エルビン国の姫君はそなたの婚約者であろう。よいのか?」
「なにを仰っておるのです、父上。リブラビスは確かに美しい。それは宝石にたとえるなら燦然と輝くダイヤ! まさに宝石の中の王であります……が、別に妃に迎え入れるメリットはもうないではありませんか」
サッと立ち上がったキースは芝居じみた仕草で身振り手振り大袈裟に、狡猾に言ってのける。
「リブラビスからの書状によると、エルビンの被害は国を滅ぼし兼ねないほど悲惨なもの。そのような国の姫君と婚姻し、この私に、延いてはユーゲニウム国にどのようなメリットが? それならば、いっそこの機会にエルビンを吸収し、リブラビスを我が性奴隷として飼ってやった方がまだましでは?」
王子の非道極まりない考えにわはははと豪快に笑う王は、これから友好関係を築こうとしていたエルビン国に対し、進軍の許可を下す。
「では、我が息子キース・ユーゲニウムに命ずる。間抜けな隣国、エルビンを王の名の下に侵略せよ!」
「はっ! 仰せのままに……陛下」
キース・ユーゲニウムは一万の兵を率いてエルビンへと進軍を開始した。
突如国境沿いに現れたユーゲニウム兵一万に対し、警備に当たっていたエルビン兵は驚きを隠せなかったが、キースがリブラビスからの書状を見せることで、難なく国境を通過することに成功する。
エルビン兵としても国の一大事に援軍が送られてくることは好ましく、何一つ疑念を抱くことなく招き入れてしまった。
そのまま我が物顔で入国すると、わずかなエルビン兵に王都までの案内をさせたのだ。
そのことにエルビン王が気づいたのは彼らが王都に入ったあとであり、すでに手遅れであった。
「いっ、一体なんの真似なのです、キースッ――!」
王の間に数百の兵とともに颯爽と乗り込んで来たキースは、油断した王の体躯を玉座ごと貫いた。
「いや……いやぁ……お父さまぁぁあああぁぁぁあああああああぁっ――!?」
泣き崩れるリブラビスに優しく微笑んだキースはエルビン王から剣を抜き取り、言う。
「いや~、お前が間抜けな上に世間知らずな娘で感謝している。お陰で我がユーゲニウム国は国土を容易く広げることが可能となったのだからな」
「ど、どうして……どうしてこのような酷いことを……」
「どうしてぇ……? お前なにか勘違いをしているのではないか。ユーゲニウム国とエルビン国は同盟国ではなく、敵国なのだぞ? その敵国に自国の窮地を知らせてはダメだろ? ……リブラビス」
「敵……? でも、あなたと私は……」
「ああ」と頷いたキースは、剣身にべっとりと付着したそれをザッと払いながら、にやーっと歪んだ顔で答える。
「政略結婚は所詮政略……意味わかるか……リブラビス? 敵国だからこそ、お互い最低限の安全を保証するために担保を差し出す。それが政治というものだ。いつの世も女が国を滅ぼすというのは、事実のようだったな……リブラビス」
父を目の前で殺された悲しみからリブラビスの膝は折れていた。涙で霞む視界には最愛の父の無残な姿。
喪失感、絶望、それらがリブラビスの美しいアメジストの瞳から色を奪っていく。虚無を見つめる彼女からは活力が失われていた。
側に控えていた侍女たちがそんな彼女を引きずり起こすように立たせ、逃がそうと知力を絞るが、鍛え抜かれた兵の前には無力であった。
「やめて……おねがぃ……やめ、でぇ」
幼い頃から母のように慕っていた乳母も、同年代で唯一心を許すことのできた、友人のような侍女も皆……燃えあがる鮮血を噴きあがらせながら王の間へと沈んでいく。
楽しかったこと。
喧嘩してそっぽ向いてしまった日のこと。
仲直りの証と一緒に花を編んだ日のこと。
すべてが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「いやぁぁあああああぁぁぁああああぁぁあああああぁぁああああああ――!!」
城内に雷が落ちたかのような絶叫が鳴り響くと、彼女の意識はそこで断たれた。
ショックのあまり気を失ったのだ。
「リブラビスは殺すなよ。俺さまの性奴隷とならのだからな」
この日、エルビン国の王が永久の眠りについた。
ユーゲニウム国は国土を広げ、大躍進することとなる。
が、彼らはこのとき、とんでもなく取り返しのつかない失態を犯したことに気づいていない。
ミラスタール・ペンデュラムが第一優先に掲げていた美少女たちを……その命を奪ってしまったことに……。
これが後の、ペンデュラム国とユーゲニウム国の戦争への引き金になることなど、高笑いを響かせるキース・ユーゲニウムには知る由もない。
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