第32話 大罪国エルビン
桁違いの要求額に領主の男の目玉が飛び出ると、ミラスタールは透かさず運んでいた荷馬車の積み荷を指差した。
「それ……」
「ん……こ、これは私の物だっ!」
「微々たるものだが差し押さえさせてもらう」
「なっ!? ふざけるなよ、この化物がァッ――殺せっ、このふざけた化物をぶち殺せっっ!!」
突然現れた謎の悪魔扮するミラスタールに、唾を撒き散らしながら兵たちを囃し立てる領主の男。
兵たちが男の指示に従い素早く周囲を取り囲むと、手際よくスリリンを
次いで抜き取った剣身のない柄にスリリンの一部をまとわりつかせた。
それが次第に形を成すと、死神を彷彿させるほどの大鎌が形成される。
「拒否することは許されない。お前たち……エルビン国は大罪国として裁かれねばならない。拒否はそのまま死罪となるが……いいか?」
「な、なにが死罪だっ! 私はエルビン国の伯爵であるぞ。その私にこのような行為をして許されると思うなよ、化物がァッ!」
「お前たちエルビン国の奴隷に階級など最早存在しない。この俺を侮辱し、法外な利子を課したお前たちに天罰が下る時がきたのだ」
「侮辱……法外な利子? なんの話だ!」
やれやれと頭を振るミラスタールは、腰を落とし大鎌を肩に担ぐ。その悪意を具現化したかのような大鎌に、兵も領主の男も腰が引けていく。
「なな、なにをしておる! さっさと殺さぬかっ!」
男の威圧的な声音に背を押されるように、ミラスタールを取り囲んだ兵たちが一斉に飛びかかると、目にも留まらぬ速度でズバンッ! と大鎌が薙ぎ払われる。
「えっ!?」
「悪いなっ。相棒とフュージョンしたいまの俺っちなら、お前たちみたいな雑魚には負けねぇんだぁ」
戦闘が苦手なミラスタールの代わりに、大鎌を振るったのはスリリンであった。
襲いかかってきた兵たちの体躯に変幻自在のデスサイズが刃を走らせると、辺りに血の雨が降り注ぐ。
――
「ばっ、バカなっ!?」
瞬きするほどの短い時間で、取り巻きの兵たちが肉塊と化してしまった。
「おおっ! 俺ってばめっちゃ強いじゃん♪」
「いや、殺ったのは俺っちだけどな」
「俺の身体なんだから俺が殺ったのと同じだろ?」
「まぁ……そりゃそうだけどよ」
しかもその上、兵たちを皆殺しにした眼前の悪魔が嬉々とした声音を発し、愉快そうに見えないナニカと話をしている。
異様な光景と気が狂ったとしか思えぬ悪魔の態度に、男はおぞましいモノを見てしまったとその場に尻餅をついた。
怖気が全身を走り、骨の芯まで凍りついていくほどの寒気がガタガタと身を震わせる。
生まれて初めて感じる恐怖である。
さらに男の恐怖心を煽っているのは、初めて自分の手で命を奪った優越感に浸る無邪気な笑い声。
ミラスタールは自分が強くなったと勘違いし、喜びを爆発させていた。
「これなら魔王が相手でも、勇者が相手でも勝てるんじゃないのか?」
ミラスタールは魔王フィーネをすぐにでも従わせ、自分の側室にできるのではないかと不謹慎なことに思いを巡らせる。
「バカ言えよ! 勝てるわけねぇだろ。いまのは相手がクソ弱かっただけの話だろ?」
「え~~~っ!? ダメなのかよ。チェッ。つまんないの」
「それよりそのおっさんどうするんだよ?」
スリリンの指摘を受け、ミラスタールは眼下の男に視線を向けた。
「ヒイッ……!? おお、お許しをっ……金ならどうぞ持っていってくだされ。あっそうだ! なんなら我が国ではなく、ここから西に向かった先に間抜けな国がありまして、そやつらから国を奪うというのはどうですかな? 我が国も近々攻め入る予定でして、あなたさまが我が国についてくれればきっと陛下も報奨金を弾む………こ……と」
死にたくない一心で饒舌に言ってのけた男の舌が止まる。その相好が見る見る青ざめ、歪んだ。
「間抜けな国とは……俺の国のことを言っているのか?」
「ぐ、愚王家……ミラスタール……ペンデュラムッ!?」
ミラスタールは
風になびいた
「なぜ……貴様がっ、これは……貴様の……」
「お前たちが我が国の領土を狙っていることなどとっくに知っていた。だから……俺は俺の国と立場を守るため、魔王傘下に入ったのだ」
「貴様っ……自分がどれほど愚かなことをしているかわかっているのかっ! 人類への裏切り、神に仇なす所業であるぞ!」
「それがどうした? 人類が俺に……俺の国に優しくしてくれたか? 祈りを捧げた神が我が国で貧困に嘆く
イカれていると口にする男に、ミラスタールは冷徹なまでに冷たい眼を向ける。
「お前は死罪だ。ドライアドちゃんたちを苦しめただけでなく、我が国を侮辱した。あまつさえ我が国に攻め入るとまで口にした。生かして置く理由がないな」
「まっ、待て! 頼む命だけはっ」
「それが一国の王に対する物言いか。分をわきまえよ、ゴミがっ」
ミラスタールは男の身体をスリリンに包み込ませる。それは闇のような液体の牢獄。
息もできぬ程の苦しさに男がもがき苦しみ、首筋を掻きむしる様を、彼は無表情で傍観し続けた。
やがてピクリとも動かなくなった男を地面に放り捨て、荷馬車の積み荷をスリリンの体内に収める。
『ご主人さま、ドライアドちゃんたちの救出に成功しました。これよりエルフ一同、ゲートで帰還しますです』
ユニからの言の葉魔法を用いた連絡を受けたミラスタールは、ふと晴れ渡る空を見上げて呟いた。
「了解……さぁ行こうかスリリン」
「ああ、この国はもう終わりだな」
「だな……」
見事な采配でエルビン国を圧倒した彼らは一同に帰路へ着く。
国を救う重大な担い手を引き連れて……。
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