第31話 執着心

「相棒の作戦通り、町の兵力は微々たるものだな」

「まぁ~な♪ そもそも魔王の指揮下に入っているモンスターや魔族を自在に動かせることのできる時点で、小規模な国なら何とでもなるのさ」


 ミラスタールは人間界全土に身を潜めた魔物たちの指揮権を魔王フィーネ・サンタモニカ・ブレイド・サトラスより与えられている。


 正確にはミラスタールではなくフォクシーに、なのだが。


 魔王軍の重要拠点となり得る人間界第一支部の責任者――フォクシーを陥落している時点で実質的な覇権は彼が握っていると言っても過言ではない。


 そんなミラスタールはお得意の蝙蝠マイクを駆使して、塔の町の南側に集まったモンスターや魔族に指示を出している。


「おい、見ろよ」

「ああ、あれが魔王軍の幹部……ミラスタール・ペンデュラムさまだぜ」


 上空から指揮を取るために地上を見下ろす彼を仰ぎ見ては、誰もが礼賛を惜しまぬ敬意を払う。


「なんて禍々しいお姿だ」

「ミラスタールさま……めっちゃくちゃかっこいいな!」


 ミラスタールは現在空を飛ぶためにダークスライムのスリリンを翼に見立てて空を舞っており、その姿は誰の目から見ても人間には見えない。


 さらに、顔を隠すためにスリリンの一部をカラスの骨に見立てたフルフェイス兜に変化させ、それを着用している彼は不吉を絵に描いたような邪悪なる化身と化している。


 これは万が一、顔を見られたときのことを憂慮して彼が考えた苦肉の策である。


『皆よくぞ集まってくれた。これから行うことは町の侵略ではなく、やつらの注意を引き付けるだけのものだ。命の危険は伴わぬ、なので存分に目立て!』


 モンスターや魔族たちは頭の中に直接ミラスタールの声が叩き込まれるような、奇妙な感覚を覚えていた。蝙蝠モンスターが発する超音波が的確に彼らだけにミラスタールの声を届けていたのだ。


 畏敬と尊崇の念を抱く魔物たちは、少しでも上空の彼に気に入られたいと咆哮を轟かせる。


 二千を越える魔物の軍勢の登場と雄叫びに、町に残って警備を続けていた者たちが次々南側に集結し、その絶望的な光景に絶句していた。


 町の南側に集まった兵たちの周囲が瞬く間に剣呑な空気に包まれていく。


「ど、どうするんだよ」

「あれほど大量の魔物を残っている兵力だけで何とかするなんて無理だぞ!」


 狼狽える兵たちに、この町の領主を任された男が焦燥に胸を掻きむしりながら激怒する。


「馬鹿者っ――! 貴様らは兵だろ、やつらを一匹足りと町に入れるなっ。一匹足りとだぞっ!」

「しかし」


 兵の一人がいくらなんでも無茶だと反論しようとしたとき、閉ざされた南門が凄まじい爆音を響かせた。


 それは鐘の音に似ており、間近で鳴り響いたけたたましい音に兵たちは両耳を押さえながら蹲る。


 力自慢の魔族が巨大な岩石を門へ目掛けて投擲したのだ。

 それはミラスタールによる指示。

 彼は魔物たちに岩を鉄の門に投げつけるように命を下す、町の中にいる兵たちの聴力を低下させようと、次なる策に打って出た。


 その隙に、もぬけの殻となった北側から予定通り、エルフの軍勢を町の中へと侵入させるためだ。


「凄いですね」

「まさかこんなにも簡単に侵入できてしまうとは」

「しかも……見張りが一人もいないじゃないか!?」

「当然じゃ。あやつを誰だと思っておるのじゃ」


 妾の夫であると言うフォクシーの誇らしげな言葉などエルフは誰も聞いておらず、さすがは偉大なる王と上空のミラスタールに敬意を払う。そのまま塔を目指して一気に駆け抜けた。



 圧倒的戦術と戦略を駆使し、ミラスタールは意図も簡単にエルフを塔の中へと招き入れたのだ。


「楽勝だな」

「相変わらず悪知恵だけは凄いよな、相棒は」

「そんなことよりドライアドちゃんたちはちゃんと救出できているのかな?」

「あの数が塔へ侵入を果たしたんだし、問題ねぇだろ」


 それもそうだなと納得したミラスタールが不意に町へ視線を流すと、先ほど南門の前で怒声を放っていた男が数名の兵を引き連れ何かを運んでいる。


「ん……あれは何をしているんだ?」

「荷馬車……なるほどな。あの数に襲われたら一溜まりもないと判断した領主の男が、資金を持って逃走ってことだろうな」


 スリリンの憶測になるほどと頷くミラスタールが、兜の中で含み笑いを浮かべていた。

 なにやら良からぬことを思いついた様子だ。そのことにスリリンも気がついた。


「まさか……奪う気か? 相棒」

「奪うなんて野蛮なことはしないよ。ただドライアドちゃんたちの慰謝料を請求しに行くだけさ」

「相変わらず物は言いようだな」


 長きに渡り貧乏国家の王子であったミラスタールは、何よりも貧乏が嫌いである。

 彼は貧乏が招いた不幸をこれまでに散々経験していた。


 中でも彼がもっとも忘れられない出来事は二年前――貧乏国家を建て直そうと先代の国王であった父がこの国へ政略結婚の話を持ちかけたときのこと。


 赤字国家の王子と我が国の姫が婚約して何の意味がある? それで借金を踏み倒そうとしていることくらいお見通しだと、突っぱねられてしまう。


 この国の姫であるリブラビスがとても美しい美少女だったことから、断られた父は当然ながら、ミラスタールは地団駄を踏むほど悔しさが込み上げていた。

 城に戻ってから三日三晩、彼が泣き続けたのは有名な話である。


 その上、エルビンの王が娘の婚約者に選んだ相手というのが、隣国で色男と名高い――キース・ユーゲニウムなる人物。


 大昔に何度か舞踏会で見かけたことのある褐色の美少年は、ミラスタールより三つ程年上であり、とにかくモテた。

 ミラスタール自身とても可愛らしい美少年なのだが、貧乏国家が災いして舞踏会にやって来た少女たちからは見向きもされない。


 いくら王族とはいえ、前代未聞の愚王家の一族と不名誉な異名を得ていたペンデュラム家と親しくしたがる者など皆無である。

 ゆえに、彼はいつも舞踏会場では悪鬼のような負の感情を胸のうちに蓄えながら、美少女と優雅に踊る男たちに怨みの念をぶつけていた。


 自分がモテなかったのはすべて貧乏が原因。


 だから彼は十四歳という若さにして、お金への執着心が同年代の者たちよりも遥かに強い。美少女を自分のものにできなかった過去の悔しさが反動となり、現在のミラスタール・ペンデュラムを作りあげているのだ。


「待たれよ!」

「なな、なんだこの化物はっ!? 貴様どこから入ってきた。兵どもは何をしておったのだっ!」


 漆黒の翼を身にまとい、人骨ならざる鳥骨マスクをすっぽり被ったミラスタールが、この町の領主たちの前に降り立った。


突如空から降ってきた悪魔に一瞬筋肉が収縮した彼らであったが、領主を守るために素早く武器を構える。


 鉄槍や長剣を突きつけてくる屈強な男たちに、ミラスタールは慌てるなと掌をそっと突き出す。


「よせ、貴様らのような雑魚では相手にならない。それより、お前たちはドライアドを誘拐し、不当な労働を強いたげたな」

「なっ、なぜそれを知っている!? 我が国の秘密を……」

「貴様らには様々な刑が課せられる。誘拐罪、監禁罪、脅迫罪――数えあげれば切りがない。それらの損害賠償とし、一千億ギルの支払いを命じる」

「いいい、一千億だとっ!? だだ、誰が払えるかっ!」

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