第30話 破滅の足音

「どういうことです、陛下っ――! 兵を回せないとはどういう了見なのです!」


 魔物たちに領地を食い荒らされた貴族たちが氾濫した河川のように王都に押し寄せ、そのまま王に兵を回すように直談判に来ている。


「そなたのところだけではないと言っておるのがわからぬかっ! いま我がエルビアは未曾有の事態に直面しておる。各地で魔族やモンスターどもが村や町を襲っておるのだ」

「だからこそ、我が領地を守り抜くためにも兵を貸し与えくだされと申しておるのです!」

「だ・か・ら、人手が足らぬと言っておろう!」

「人手ならここ王都に五万と居るではありませぬかっ!」


 押し黙るエルビン王は話にならんと貴族たちを突き返す。その判断も致し方ないと思われた。


 エルビン王がもっとも懸念することは国の中核を担う王都が落とされることにある。

 もしもそのような事態となれば、エルビンは事実上崩壊してしまうのだ。


 それを阻止するためにエルビン王は王都の守りを固めることを決断した。これが更なる悪手となることを彼も知らない。

 ミラスタール・ペンデュラムは王都の守りが強固なことなど誰よりも理解している。


 なぜならばペンデュラム国も同様、もっとも守りが強固となる場所は王都なのである。

 そんなところにわざわざ時間をかけて兵を送り込むことなど考えてなどいない。

 ミラスタールはエルビン兵をできるだけ塔の町から遠ざけたかっただけなのだから。


 当然ながらそのようなことを知り得る者など誰もいない。

 だからこそ、エルビン国は破滅へと向かっていくのだ。


「お父さま、我が国は大丈夫なのでしょうか?」

「案ずることはない、我が娘リブラビスよ。この王都さえ死守すれば何とでもなる」


 美しいバイオレットアメジストの髪がリブラビスと呼ばれた少女の顔に影を作る。

 王以上に娘の方が事態を深刻に捉えていた。


「しかしお父さま、このままでは我が国は甚大な被害を被ってしまいます。そうなれば我が国はどうやって民を養うのですか? 彼らは住む場所を奪われたのですよ?」

「だから問題ないと言っているだろう! 女のお前が気にすることでも、口を挟む問題でもないのだっ!」


 わかったら自室に戻っておるのだと苛立ちを募らせる父に頭を下げ、リブラビスは侍女たちを引き連れ踵を返す。


「お父さまはことの重大さを何もわかっていないわ。村や町を再建するのだって莫大な費用と人手を有してしまうことをっ。その間に民が飢えて死んでいくことも、何もわかっていない。そうでしょっ!」


 同意を求められた侍女たちは気まずそうに苦笑いを浮かべた。たとえ娘のリブラビスの考えが正しくとも、それに同意してしまうことは王への反逆とも捉えかねないからだ。


 しかし、納得のいかないリブラビスは、この事態を一刻も早く解決するべく、ある秘策を閃いた。

 それは交流のある他国へ応援要請を打診する内容をしたためた手紙を送るという、至ってシンプルなもの。


 そこでリブラビスの頭の中には瞬時に三つの国が浮かび上がる。


 北の国アルスタルメシア国――南のユーゲニウム国に、おまけ程度に脳裏を掠めた西のペンデュラム国の三ヵ国。


「西……あの国はダメだわ。兵力が乏しい上に、そもそも滅びかけ一歩手前の愚王家の一族だもの。それよりも……こういうときこそ婚約者に頼るに限るわね」


 北のアルスタルメシア国とはそもそも良好関係とは言い難い。西のペンデュラムは論外。

 となれば、必然的に頼るのは政略結婚を視野に入れて婚約関係にある南のユーゲニウム国である。


 リブラビスはかつて婚約してくれと申し出てきたペンデュラム国の申し出を断り、自国にメリットのあるユーゲニウム国の王子と婚約関係にあった。


 だからこそ、彼女は婚約者に頼るという秘策ならぬ愚策を決行する。


 もしも隣国が滅びの危機に直面していると知った他国がどのような決断に至るかなど一切考慮せず、婚約者だという理由だけで、他国に知られてはならない自国の危機を知らせてしまう……愚か極まりない愚行に出てしまったのだ。



 そのことを父である王が知ったときには……すでに取り返しのつかない事態となっていたのだが、それはエルビン国の話である。



 飛行モードで塔の町の上空から押し寄せる魔の軍勢を俯瞰する、このときの彼・・・・・・にはまったく関係のない話であった。

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