第29話 悪魔の作戦

 エルビン国内を目まぐるしく駆け抜ける闇狐たちは、ミラスタール・ペンデュラムの指示を受けて各地に散らばったモンスターや魔族たちに伝令を伝え回っていた。


 これまでろくに魔王軍から指示を受けていなかった彼らにとって、それは吉報である。


「俺たちはまだ魔王さまから見放されていなかったんだ!」

「ああ、この日のために人間界に潜むよう命じられていたのだろう」

「腕が鳴るぜ!」


 嬉々とした面持ちの彼らに、闇狐は勘違いがあってはならないと言葉を付け加えた。


「これは魔王軍人間界支部を統括されておられるフォクシーさまの部下に当たる、ミラスタール・ペンデュラムさまのご判断だ。魔王さまによるご命令ではない。勘違いするな」

「なんだ違うのか。でも、俺たちを必要としてくれるお方が魔王軍の幹部にもまだいたんだな」

「ミラスタール・ペンデュラムさまか……」

「一体どんなに素晴らしい魔族なのだろうか」


 ミラスタール・ペンデュラムは魔族でもなければ魔王軍幹部でもないと闇狐は思ったが、ここで士気を下げることは作戦に支障を来すかもしれないと考えを改め、口を閉ざすことにした。


 結果、この騒動が後に人間界に留まっていた魔族やモンスターの間で話題となり、ミラスタール・ペンデュラムの名声が轟くこととなってしまう。


 それは後にミラスタール派閥と呼ばれる最強最悪の軍勢を作り上げ、真魔王と呼ばれる程の勢力へと拡大していくのだが、それはずっと先のお話。



 エルビン国各地に散らばったモンスターや魔族たちが次々と集結し、押し寄せてきた彼らに人々の暮らしは脅かされていく。


「て、敵だっ!」

「魔族とモンスターが一斉に襲って来たぞ!」


 ある村では悲鳴をあげた村人の声に駆けつけた兵や冒険者と呼ばれる者たちが、武器を掲げて襲い来る魔の集団と対峙していたのだが、熟練者ですら困惑する事態が発生していた。


 本来モンスターや魔族が村や町を襲うことはそれほど多くない。仮に襲われることがあったとしても、群れを率いる程の数が一同に攻めいること自体が珍しい。


 しかし、熟練の冒険者たちが感じている違和感は別にある。


「おかしい……何か変だぞ」

「ああ、お前も感じたか……この違和感」

「違和感って何のことですか?」


 熟練冒険者二人の会話に聞き耳を立てていた新米冒険者が二人に駆け寄ると、男たちはあえて構えていた獲物を鞘へ納めた。


 その無謀とも取れる行動にカッと目を見開いた少年が「何をしているんですかっ!」と、声を荒げると、熟練冒険者はやはりかと呟き顔を合わせる。


「襲って……来ない」

「ああ、こいつらは人間を襲っているんじゃねぇ。この村自体を襲ってやがるんだっ!」

「そんな……バカなっ!」


 新米冒険者はそんなことは絶対にあり得ないと、注意深く村を見渡す。

 すると、熟練冒険者二人の言葉通りの光景が視界に広がる。


 モンスターも魔族も、まるで示し合わせたように人を避け、建物や農作物を破壊して回っているのだ。

 蹲り怯える母子を高く飛んで躱し、その先の建物に剛腕を振り抜く。崩れ落ちた建物に満足そうに牙を見せ、再び武器を構える兵を避けるように移動を繰り返す。


 その統率された完璧な動きに、誰もが戸惑い数瞬立ち止まってしまう。ただ呆然と理解し難い彼らの行動に目を見張る。


 そして、ふと気づく。


「まずい……このままでは村が滅びる」

「人が死なずとも住む場所に作物、それに家畜を殺られれば被害は甚大だ」

「住む場所を追われた者たちは難民となってしまう」

「ああ、それにこれはただのモンスターや魔族じゃない。恐らく指揮官となる魔族がいるはずだ! 探せっ、指揮官さえ潰せばやつらはただ血肉を求める低能な連中へと戻るっ!」


 予想外の動きを見せるモンスターや魔族に彼らは困惑していた。いつもなら逃げるは恥と魔族の矜持を持って立ち向かってくるはずの彼らが、武器を構えているだけで馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでくる彼らが、全力で逃げるのだ。


 それは彼らもまた、全力で追いかけねばならぬことを意味していた。


「クソッ、こんなの着てたら追いつけねぇ!」


 次々と鎧を脱ぎ捨て、少しでも身軽に、敏捷を増そうと躍起になる兵や冒険者たち。

 それを嘲笑う如く、彼らは逃げることだけに専念する。


 しかし、襲ってくるものを殺るのと、逃げ回るものを殺るのとでは、明らかに後者の方が難度は跳ねあがる。

 時間をかけてしまえば村は壊滅的被害を被ってしまうのだから。


「あたしのファイアボールでも食らいなさい!」

「バカ野郎っ! 村の中で魔法をぶっ放すバカがいるかよ!」


 普段村や町中での戦闘経験が乏しい彼らは、普段通りの戦闘を繰り広げてしまう。

 結果――自ら建物を、農作物を、家畜を葬ってしまう悪手をとる。


 間抜けなやつらだと高笑いするゴブリンが、これほど脅威に感じることが彼らのこれまでの冒険者人生においてあっただろうか。


 否――初めてゴブリン小さな鬼の恐ろしさを肌身で感じていたことだろう。


 だから……。


「すぐに応援要請だせっ――!!」


 事態の深刻さに気づいた冒険者が兵に早馬を出させる。それこそがミラスタール・ペンデュラムの作戦だとは誰も知らずに。


 これが陽動作戦だと誰に気づけるだろうか。



 そして、それが瞬く間にエルビン国全体に広がりをみせた頃、これ以上領地を荒らされたくない貴族間で兵の奪い合いが起きようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る