第25話 大ボラ吹き
「体調を崩した同胞を助けてくださったこと、里の者を代表し、深く感謝致します」
エルフの村改め、エルフの里へ招き入れられた俺たちは、一際立派な住居でエルフのお婆さんに深々と頭を下げられている。
「そんなことは当然だから気にしないでよ。それよりユニの体調は大丈夫なのか?」
「ええ、あなたの紳士的な介抱のお陰で、徐々に意識を取り戻しつつあります」
お婆さんの傍らに控えた綺麗なお姉さんがにこっと微笑み、俺を素敵な王子さまだと称えてくれている。
その表情を一目見ればわかる。
俺に惚れている。
「それでその、この度は皆さまにお願いがあり、こうして遠路はるばる罷り越した次第であります」
「お願い……でございますか?」
怪訝な面持ちで顔を見合せ合うエルフたち。
そして一斉に魔族フォクシーに視線を集中させる。
その表情が険しいことから、やはり魔族をあまり良く思っていないのだろうな。
「なんじゃ……妾に文句でもあるのかっ」
短い舌打ちを打ったフォクシーが不快感を露にし、キリッと睨みを利かせる。
それに対抗するようにエルフたちもムッと眉間に皺を寄せた。
俺は「まぁまぁ」と、両者へ落ち着くように掌を突き出した。
「魔族はあまり好みませんが、同胞を救ってくださった紳士なあなたさまに敬意を欠くのはエルフの恥じ。皆、ここは堪えてくださいね」
「女王陛下がそう仰るのでしたら……」
「仕方ないですね」
どうやらこのお婆さんが、このエルフの里の長――女王のようだな。
「それで……」
「ご紹介が遅れました、女王陛下。私はミラスタール・ペンデュラムと申す者でございます。人間界――ペンデュラム国の若き、偉大なる王です! どうぞ、親愛の情を込めてミラちゃんとお呼びください」
「その若さで一国の王であらせられましたか。これは失礼を」
「いえ、構いません。長きに渡りエルフの里を守り、栄えさせてきた
「うふふ。お上手ですこと」
でしょ?
こんなに愛らしいミラちゃんが『よいしょ、よいしょ』してるんだから、機嫌もよくなるよね♪
ちゃんと女王に敬意を払う可愛い俺に、エルフたちの顔も綻んでいく。
場を和ませて交渉を有利に進める。これぞ外交の基本だよね。
「して、お願いとは何でしょうか? ミラちゃん」
「はい! 魔界はどこも大地が荒れ果ててしまっているのはご存知ですよね?」
「そうですね。度重なる魔族たちの身勝手な振る舞いの末、魔界からは緑が失われております」
「なんじゃと!?」
魔族を侮辱されたフォクシーが立ち上がろうとするのを止めて、俺はその通りだと頷いた。
「お前さま!?」
困惑して戸惑うフォクシーに任せろと目で合図を送り、その場に座らせる。
おもちゃを取り上げられた子供のように拗ねるフォクシーのことはひとまず置き、俺は交渉へと入る。
「争いは確かに愚かな行為でしかありません」
「その通りです。魔族が争いの火種を巻き起こせば……我々の穏やかな生活も脅かされるのです」
「それは違います!」
「えっ!?」
「魔族が人間と争うことをやめてしまえば、魔界の領土や資源を求めて人間たちがこの地に押し寄せて来ます。そうなればこの地は欲深き人間によって侵略されてしまうのです。それを食い止めているのもまた彼ら魔族なのです!」
予想外の俺の魔族擁護に、今度はエルフたちが困惑している。
「失礼ですが、ミラちゃんは人間。それなのに魔族が正しいと?」
「いいえ。正しいなど言ってはおりません。ただ自己防衛は当然の権利だと思っております」
「自己防衛ですか……」
「しかし、いつまでも争いを繰り返すのはバカのすることでもあります。そのために、魔王は私に協力を求めて参りました」
「!? 魔王が人間に協力を?」
俺は王の威厳を示すように誇らしく頷き、堂々と嘘をつく。
「はい、魔王はこの人間と魔族の争いに終止符を打つべく、私の傘下に入りたいと頭を下げて来られたのです! すべては偉大なる王――ミラスタール・ペンデュラムの力を借り受け、人間界と魔界を一つに統一すべく!」
「なんとっっ!?」
目を見開きざわつくエルフたち。
あちこちから信じられないといった声が聞こえてくる。
だけど同時に、彼らの俺を見る目が明らかに変わっていくのも見てとれる。
「現在の魔王はとても道徳的な魔王なのです。しかし、魔族がいくら争いたくないと訴えても、聞く耳を持たぬのが欲深き人間なのです。お恥ずかしい限りですが」
と、一旦言葉を切り、情けないと真に迫る演技を見せながら、ダッと立ち上がり拳を突きあげる。
「そこで私は泣きついてきた魔王を――延いてはすべての魔界に住まう者を救うべく立ち上がったのです! すべては皆の幸せのため」
「素晴らし……素晴らしですわ。あなたは人間界に置いての叡智なのですね」
「しかーしっ!」
俺は話はまだ終わっていないと手を払い、デタラメな言葉を並べ立てる。
「人間界と魔界、双方を救うためには長く険しい戦いが待っております」
「そうでしょうね。人間があなたさまのような聡明なお方ばかりではないことを、我々も存じております」
「そこで、長い戦いに備えるためには食糧の確保が優先されるのです!」
「なるほど。そういうことですか! つまり、ドライアドたちに魔界の土地を蘇らせろと、そこで食糧の生産をしたいと」
俺は力強く、そして深く頷き同意する。まったく持ってその通りだと。
「しかし、困りました」
すると女王が俺から視線を逸らす。
悩まれている。
……てっきり協力を申し出てくれるとばかり思っていたのだが、予想外の反応にミラちゃんも困ってしまう。
「困ったとは?」
「はい。あなたさまのお考えはとても素晴らしく、争いがなくなるのであれば是非、協力したいのですが……」
「なにか問題でも?」
「ドライアドたちはいま……それどころではないのです」
どういうことだと話を聞くと。
数年前にこの地に人間がやって来たのだという。彼らは数名のドライアドを捕らえ、自国に連れ帰ってしまった。
その目的は容易に想像がつく。
自国の農作物の収穫と利益を膨れ上がらせるためだ。
だが、仲間が人間界に連れ去られたことで、ドライアドたちはとても悲しんでいるという。
そんな心神喪失状態の彼女たちに、魔界の大地を豊かにすることは厳しいと女王は判断したのだ。
「で、ドライアドを拐った者がどこの者か調べはついているのですか?」
「はい。エルビン国と云われる者たちによる仕業だということは」
「エルビンだと!?」
それってうちのお隣さんじゃないか!
あいつらはドライアドを拐って農作物を大量に実らせ、儲かった金で我が国に法外な利子をつけた上で、金を貸してたというわけかっ。
しかもドライアドは美少女だと本に書いてあった。やつらは俺に隠れてドライアドちゃんにあんなことや、こんなことを……。
想像しただけで腸が煮えくり返り、握りしめた拳に爪が食い込む。
「許せんっ――!!」
「では……」
「もちろんですっ! この偉大なる王――ミラスタール・ペンデュラムが、そのような卑劣極まる所業を見過ごすわけに参りません! 必ずやこの私が救い出してみせるっっ!!」
「あなたさまは……天使ですか!?」
そして必ずや我が国に連れ帰り、新たな側室として迎え入れる。
ついでに散々な金貸しをしてきたやつらに復習してやる!
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