第13話 懐かしき我が国、ペンデュラム

 窮地を乗り越え、正式に魔王傘下入りを果たした俺は浮かれモードに突入している。

 なぜなら、俺の上官となったフォクシーお姉たまはとにかく美人で色っぽい。


 胸元まではだけた着物という少し変わったお召し物に身を包んでおられるお姉たまは、煙管を咥える姿がなんともいやらしい。吐き出された煙はバニラの薫りを漂わせ、俺の鼻の下がつい伸びてしまう。


 なんでもフォクシーお姉たまは自ら望んで俺を部下にしたいとフィーネに懇願したと聞く。

 プリティーかつキュートな俺の容姿にフォクシーお姉たまは骨抜きになった模様。


 俺って本当に罪な男だよね……ムフフ。


「ミラスタール殿下……って魔族!?」


 俺はてっきりフォクシーお姉たまと一緒に凱旋するとばかり思っていたのだが、実際はスリリンとレネアにリリスのみでの帰国となった。


 なんでもフォクシーお姉たまは部下を呼び寄せるのに時間を有するらしく、その間に俺の上官となるお姉たまを歓迎する大役を任されたのだ。


 魔界へ来たときに使用した魔法門を再起動させ、祖国ペンデュラムへ帰って来た俺を見張りの兵が出迎えてくれる。


「よお、いま帰ったぞ!」

「殿下……その、なぜ魔族と一緒なのです?」

「なぜって……俺の側室だからに決まってるだろ。いいだろ? 羨ましかろ」


 がはははと笑い、呆然と立ち竦む兵たちを横目に城の門をくぐり抜けた。

 悠然と城内を闊歩する王子の帰国に、臣下たちが驚きに目を丸くさせている。


「で、殿下は化物に取り憑かれておられるぞ」

「おぞましい……なんとおぞましい」

「魔族を城内へ入れるなど……王家の恥でありますぞ」


 廊下を直進し、勢いよく観音扉をズバーンッと開けば、玉座に腰をおろした大臣が、数名の侍女から果物を『あ~ん』してもらっている。


 何をやっておるのだこのドスケベ大臣はっ!


「ぶぅぅううっ――で、殿下っ!?」

「…………お前なにやってんだよ」

「いや、これはその、ちょっとした出来心でして……あはははっ」


 ジト目で小太り大臣をねめつけてやれば、取り繕うように「さっ、さぁ、疲れましたでしょう。こちらへお座りくだされ、殿下」と、苦笑いを浮かべている。


 ……人が命懸けで苦労していたというのに、こいつは一月もの間侍女を侍らせていたのか。

 なんてやつだ!


「そ、それで殿下……こちらの殿下好みの魔族は?」

「ああ、俺の側室だ。お前が新たな側室を用意するのが遅いから、自分で用意したのだ。偉かろ?」


 ドスンと玉座に腰をおろした不機嫌な俺をまじまじと見つめる大臣が、


「では、本当に我が国は魔王の傘下に入ってしまわれたのですか?」


 まったく持って今更なことを尋ねてくる。


「当然だ。これで予定通り他国の借金はすべて踏み倒せる。借金帳消しだな」

「しかし殿下、本当に借金を踏み倒してしまえば他国が攻めて参りますよ? それに、我が国の資金は底を尽きかけております。このままでは今季すら持ちませぬ」

「そのことなら心配ねぇさ」


 俺の膝からぴょんっと飛び降りたスリリンが部屋を見渡し、いい場所じゃないかとご満悦のようす。


「なな、なんですか……このスライムめは」

「俺っちはダークスライムのスリリン。この国の王――ミラスタール・ペンデュラムの相棒さ」

「スライムが相棒でございますか……。まぁそれは置いといて、心配ないとはどういうことですか?」


 大臣は一瞬困惑の表情を浮かべたものの、すぐに順応している。長きに渡り貧乏国家を支え続けてきた大臣の神経の図太さは折り紙つきだ。

 スライムや魔族に動じるような繊細な男ではない。


 俺はレネアとリリスを膝に乗せ、先ほど大臣が食していた果実を「あ~ん」してもらいながら、一人と一匹のやり取りを見守った。


「今日からここ、ペンデュラム国は魔王軍人間界第一支部として正式に生まれ変わるのさ」

「魔王軍……第一支部……ですと!?」

「ああ、そうさ」

「なりませぬっ――!」


 声を荒げた大臣の野太い声音が王の間に反響し、幾重にも重なる。その残響が収まるのを待たずに、大臣が血相変えて詰め寄ってくる。


「殿下は何をお考えなのですか!? そんなことが他国に知られれば……もしも帝国や教会に知られれば……破滅です!」

「何をいまさら。お前だって名案だと許可を出したではないか」

「それは魔王軍の力を借り、秘密裏に他国に圧をかけるというものでございましょう!」


 なるほど。大臣と俺との間で意思の疎通がうまくいっていなかったようだな。


「すぐにその盟約を破棄なさいませっ、殿下っっ!!」

「無理だな」

「無理とはどういうことでございますか!」

「スリリン……例のものを」

「あいよ」


 俺たちのやり取りを仰々しい面持ちで見つめる大臣に、スリリンは闇のようなぷにぷにボディから、王の間を埋め尽くすほどの金銀財宝をぶち撒けた。


「ななな、なんですか、この大金はっ!?」

「魔王フィーネから貰った」

「ななな、なぜ……なぜに魔王が殿下にこのような大金をお与えになさるのです」

「売ったからな」

「売った……? 売ったとは何をです?」

「なにって……国を?」


 バタンッ――。


 あら、ショックで気絶してしもうた。

 情けないやつだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る