第14話 クズと呼ばれても

 気を失った大臣をベッドへ運び入れ、レネアとリリスが火照った大臣の顔を布でパタパタ扇いでいる。

 美少女に介護されるとは、この幸せ者め。


「お、終わりです。我が国はもうおしまいです」


 床に伏せた大臣がおろおろ声で弱気なことを口にする。


「安心しろ。国を売ったのは事実だが、ペンデュラム国はそのままにしてもらえるし、王家もいままで通りだ。ただ我が国の領土を魔王軍に貸したと思っていればよい。あれはその報酬と、いずれやって来る魔王軍の資金だ」

「魔王軍が我が国にやって来る? あぁ……気が、気が遠くなりまする」


 天を仰ぐ大臣のその姿に、意外と繊細だったかな? と頭を掻いた。


「それに悪いことばかりじゃないぞ」

「と、申しますと?」

「仮に魔王が勇者に殺られるなんてことが万に一つ起きたとき、我が国は脅されて協力していたと言い訳もできよう。大演説で他国の同情を買う作戦を決行することも可能だ。考えてもみろ。魔王軍を国をあげてお出迎えなんて、そんな頭のおかしなことをするやつがこの世に俺たちを置いていると思うか? 常識的に考えてあり得ないだろ?」


 じーっと俺のプリティーフェイスを見つめる大臣は、この美形に陶酔している模様。


「俺たちって……私を一緒にされては困ります! 頭おかしいのは殿下だけでございましょう! それと……こらから私が申す無礼極まる発言、寛大なお心でお許しくだされ、殿下」

「うむ、許そう。申してみよ」

「あんたみたいな売国者は前代未聞の王族だ! この最低最悪のクズめがっっ!!」

「………スリリン、大臣の顔をパックンチョしていいぞ」

「へ……?」


 ペタッとスリリンが大臣の顔面をぷにぷにボディで覆ってしまえば、ベッドの上でぞんざいに手足を放り出す大臣。


「ぐぶぶぶぅうううううううううううううううう――!?」

「ごめんなさいするか?」

「ぶぶっ……ぶぶまずっ」


 超高速で何度も頷く大臣が溺死してしまわぬうちに解放し、ぜぇぜぇと酸素を取り込む間抜け面にエンガチョチョップを食らわせてやる。


「痛っ!? ゆゆ、許すと仰ったではありませんかっ!」

「許すとは言ったが何もしないとは言っておらんわ、このバカタレ!」


 口をへの字にして拗ねる大臣へ、まぁ成るようにしかならんと慰めの言葉をかける慈悲深き俺に、大臣が嘆息している。


「もう何もかもが手遅れということは理解いたしました。しかし、病に伏せておられる陛下には何と仰るおつもりですか、殿下」

「今回の件、元を正せばお前と父上の無能な政策が招いた結果だ。俺は王子として国の窮地を救ってやったに過ぎん。だから」

「だから?」

「その褒美として即位式を執り行ってほしいと思っている」

「なな、何を仰っているのですか、殿下っ!?」


 こいつも耄碌もうろくしてしまったのか、俺の意図をまったく理解していない。


 確かに魔王が勇者に負けた際には言い訳を用意していると言ったものの、その言い訳を聞き入れてくれるかは定かでない。

 そんなおり、病に苦しむ父上が断罪されるのはさすがに気が引ける。


 しかし父上から王位を略奪し、その父上を田舎町に追いやったとなれば、やはり全責任はこの俺一人にのしかかってくる。

 父上には申し訳ないが、いざというときの口裏合わせのために田舎町で療養してもらった方が、他ならぬ父上のためなのだ。


 それに……父上はもう長くないだろう。


 そんな状況の父上に、魔族が自由に徘徊する城内や、王都の光景を見せるのは心苦しくもある。

 大臣のようにショックで気を失ってしまうやもしれん。


 いまの父上がそうなれば……最悪ショック死しかねないしな。


「なるほど。確かにそれは一理ありますな」

「だろ?」

「やむを得ませぬな。王不在と異例ではございますが、即位式を執り行いましょう」

「他の者たちにはお前の方から上手いこと言っておいてくれ」

「波乱が巻き起こりますぞ、殿下」

「魔王さまの傘下に入ったこと以上の……ここが魔王軍第一支部になること以上の波乱か?」

「……ですな」


 そう、すでに一ヶ月前から俺の人生は波乱と化している。

 いや、本当はずっと以前より、この国は波乱に満ちあふれていたのだ。


 貧困と飢餓に苦しむ民を救うためにも、ヒールとなる者が必要なことは云うまでもない。

 何より貧乏だと美女を囲めない。それなら王家に生まれた旨味もメリットも何もないじゃないか。


 誰に何を云われようとも、大輪の花を咲かさねば……たとえそれが悪の華であったとしても。



 こうして前代未聞の即位式は滞りなく……ではなかったものの。多くの門閥貴族たちの反感を買いながらも進められた。

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