第8話 戦闘準備

 まず俺が一番始めに取り組んだことはトラップの見直しと強化だ。

 このダンジョンのトラップはトラップとは名ばかりの欠陥品。


 これでは攻め込んできた冒険者を返り討ちにすることなど到底不可能。最悪五歳児にすら突破されかねない。


「いいか、落とし穴はしっかり布を張って土を馴染ませ、相手に気取られないようカモフラージュするんだ」

「了解です、マスター!」


 うん。余程魔剣が恐ろしかったのか、虫穴の洞窟の連中が素直に言うことを聞いている。

 魔族やモンスターは実力社会に生きる生き物だと聞いたことはあったが、自分より格上だと悟るとこうも忠実になるのだな。


 縄トラップも蜘蛛モンスターの細く透明な糸と取り替えさせた。曲がり角にも同様に糸をセットする。

 蜘蛛モンスターの糸は刃物のような切れ味を秘めているので、上手くいけば角を曲がった瞬間、相手の首を刎ねることが可能かもしれない。


 さらに、錆びて使い物にならないであろうと思われた武器などは、コウモリ型のモンスターが吐き出す酸で錆を溶かしてピカピカに磨く。


 しかし、重要なのはここからだ。


 いくらトラップを強化したところで、それを掻い潜って来るのが冒険者。

 結局のところ虫穴の洞窟を任された彼ら自身が弱ければ元も子もないのだ。


 だがっ! 俺にはすでに彼らを強化する秘策と戦術がある。


「本当にこんなので勝てるんですか?」

「なんかいまいち信じられねぇな」

「まさかスライムをこんな風に使うなんて……俺っちには想像がつかなかったよ」


 短期間で彼らに剣の稽古などをつけられるはずもなければ、そもそも彼らに剣を教えられる師範代もいない。

 王族なら剣のたしなみも少しはあるだろうと思うのが一般的だが、俺は淫魔術の習得と研究。

 それにベッドの上での修行が忙しかったため、生憎といったところだ。


 それに剣の道は一日にしてならず。


 長い時間をかけて鍛練を積まなければ意味をなさない。付け焼き刃の剣術は却って命を落とすことに繋がる。


 そこで重要となってくるのが知恵だ!


「まぁ騙されたと思って俺の指示通り動けば、必ず撃退可能だ」


 相手は確かに冒険者なのだが、魔王補佐官の言葉を思い返せばそれほど難しいことじゃない。


『あのダンジョンは初心者の狩場――』


 補佐官は確かにそう言った。

 それは裏を返せば駆け出し冒険者しかここへはやって来ないということでもある。


 熟練冒険者が相手ならどうすることもできないが、相手がずぶの素人となれば話しは別だ。

 相手はまず間違いなく、ただのゴブリン・・・・・・・スライム・・・・などが相手だと思い込んでここへやって来る。


 それこそが勝利への鍵となる。




「よし、準備は整ったな。あとはこの司令塔から指示を出すだけだ」


 ダンジョンの最深部に即席の司令塔室を作り上げ。俺はぷにゅぷにゅのスライムソファに腰をおろし、スライムモニターで各階層の様子を監視。

 さらに逐一彼らに指示を出すため、蝙蝠モンスターの超音波をマイク代わりに使うことを閃いた。


 う~ん、ミラちゃん賢い♪


「しかしよくもまぁ、こんなことを思いついたもんだな」


 スリリンが感心したように声を震わせる。


「まぁな。俺も命がかかってるからな」

「それとあの魔剣……ありゃ嘘なんだろ?」

「……知ってたのか?」

「まぁ何となくな。魔剣てのは魔族にしか扱えないって聞いたことがあるんだよ」

「そうなのか。じゃあなんで黙っていたんだよ?」

「ここを乗り越え、お前が正式に魔王さまの傘下に入った暁には、俺っちがお前の補佐をする手筈になっているのさ」


 つまり……どういうことだ?

 疑問符を頭に浮かべた俺に、スリリンが察した様子で答えてくれる。


「俺っち、元々ある幹部の補佐を務めてたんだけどな。クビになってここへ追いやられたのさ」

「ああ、だから一匹だけダークスライムなのか」

「まぁそういうこった。できりゃこんなところから俺っちもおさらばしたいのさ」

「なるほどな。お前も大変なんだな」

「だから俺っちにとってもこれは一隅のチャンスってわけさ」


 俺を利用してこの掃き溜めから脱出したいってことか。

 でも、命懸けで魔王傘下に入った俺の補佐がこんなスライムかよ。できれば魔王補佐官のような色っぽいお姉さんが理想なんだけどな。


「なんだよそのジト目は。俺っちじゃ不満か?」

「ああ、できればスケベなお姉さんがよかったよ」

「ここから出られたら嘗ての部下を召集できるかもしれない。その時にはいい女を紹介してやるさ」

「………ハァ」


 スライム少女を側室に迎え入れるのはかねてからの夢だが……人型じゃないなら嬉かない。

 せいぜいローションスライムとしてくらいしか使い道がないだろうと、溜息がこぼれる。




「ほら、気合い入れて一ヶ月乗り切るぞ!」

「ああ……そうだな」

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