第6話 前途多難

 フィーネの声が徐々に遠ざかり、気がつくと闇空の下で一人佇んでいた。


「どうやら転送は成功したようだな」


 何もない荒野にぽつねんと佇む俺は周囲を見渡し、虫穴の洞窟とやらを探すが、こう暗くては何も見えない。


 月明かりだけが頼りの見知らぬ荒野で、まずはダンジョンを探さねばならないのかと肩を落とす。

 そんな悠長なことをしていたら狼にお尻を噛られてしまうかも知れないと身震いし、プリティーかつキュートなお尻をなでなでしていると、不意にどこからともなく可愛らしい声音が耳朶を打つ。


「あんたミラスタール・ペンデュラムか?」

「ん……なんだ?」

「こっちだよ、こっち。足下だよ」


 視線を足下へ落とすと、泥? 真っ黒な水溜まりみたいなのが陽気な声で話しかけてくる。


「俺っちはダークスライムのスリリンってもんだ。魔王さまのご命令でお前を虫穴の洞窟まで案内するように言いつかっている 」


 ご丁寧に案内役を用意してくれていたのか。気が利くじゃないかと思ったものの。すぐに前言撤回。


 おそらくこいつは俺が逃げ出さないための見張り役を兼ねているのだろう。


「スリリンも虫穴の洞窟の戦闘員なのか?」

「戦闘員というか、俺っちは雑用係りみたいなもんだな」

「雑用?」

「見てわかるだろ? 戦えねぇんだよ」


 スリリンの言葉を受け、俺は昔、騎士団の連中がスライムは何もできない雑魚モンスターだって言ってことを思い出した。

 打撃や斬擊を無効化するものの、火属性魔法などの類いにはめっぽう弱いとか。


「何か得意なこととかないのか?」

「得意ね……固形変体なら得意だけど、そんなの役に立つと思うか?」


「う~と」と考えながらスリリンに案内されるまま歩いていると、本当にただの洞穴が見えてきた。


「本当にただの洞穴なんだな」

「ああ、でも中は幾分ましだぜ」


 と言うスリリンの言葉にわずかばかりの希望を抱きながらダンジョンへ入っていくと、これのどこがましなのだろうと嘆息してしまう。


 敵の侵入を手助けするように壁に取り付けられた松明に、丸見えの落とし穴。

 足下には太めの縄。これに足を引っ掛けたら毒矢が飛び出す仕組みなのだと得意気に語っている。

 一体誰がこれに引っ掛かるのだろうか? 疑問である。


 そもそもせっかく罠を仕掛けているのに、わざわざ足下を照らしてやる必要がどこにあるんだよ。


 おまけにダンジョン内のゴブリンが携えている武器は棒っ切れじゃないか。せめて錆びたナイフくらい装備しとけよ。

 いや、それでも十分問題はあるのだが、ここにはそれ以前の問題が山積みだ。


「このダンジョンは全部で五層にわかれていてな。一階層目はご覧の通りトラップ地獄ってやつさ。ここへ足を踏み入れた人間は……」

「何人殺せた?」

「へ?」

「そのご自慢のトラップとやらでこれまでに何人仕留めたんだよ。どうせゼロだろ?」

「……よくわかったな」


 最悪だ。ここには恐ろしくバカしかいないことは聞くまでも、考えるまでもない。

 お粗末なトラップ。武器庫とやらには錆びついた武器が少々。おまけに衛生面が最悪で、中には病気で床に伏せている魔族やモンスターがいるとか。


 そりゃーこんなところで生活していたら病気にだってかかってしまうさ。病気にならないのはスライムなど、元々毒耐性持ちの連中くらいだろう。


 つーか、臭いんだよ。

 半端じゃない悪臭に鼻がもげそうだ。

 こう見えても一応一国の王子たるこの俺が、何が悲しくて汚物まみれの洞穴で一ヶ月も生活せにゃならんのだ!


 考えただけで何かムカついてきたな。


 スリリンの呼びかけに応じた虫穴の洞窟に住む魔族、モンスターが最下層で一同に会す。

 どいつもこいつも俺の就任演説を聞きに来たとは思えぬ態度。

 態度だけならいざ知らず、射殺すような殺気をダンジョンマスターたる俺に向けて好き勝手言い放っている。


「なんでこんな弱っちそうな人間なんぞにこの俺が従わねぇといけねぇんだ!」

「魔王さまは一体何を考えているんだ!」

「カッ捌いて食っちまった方がまだ役に立ちそうじゃねぇか!」

「そうだそうだ、食っちまえ!」


 本来なら即刻打ち首にしてやりたい不逞な輩だが、残念ながらいまの俺は独りぼっち。

 権力という後ろ楯を失った俺はひ弱な十四の子供でしかない。


「黙らっしゃいっ! 貴様らにはこの魔王さまから頂いた魔剣の紋所が目に入らぬかっ!」

「まま、魔剣だと!?」


 おおっ! 驚いてる、驚いてる。

 実際はただのゴミなのだが、そんなのはあの場にいた者にしかわからんだろう。

 第一、ここにいる連中がクルクルパーだということは既に承知の事実。

 こうなりゃはったりだけで従わせてやる!


「嘘だな」

「えっ!?」

「魔王さまが人間なんぞに魔剣を与えるわけねぇよ」


 クソッ、頭悪そうなゴブリン無勢が人のことを鼻で嗤いやがって。


「う、嘘じゃないもんな」

「なら魔剣の力をオイラたちに見せてみろよ」

「そうだそうだ!」

「い、いいだろう!」


 クソッ、ついムキになって言い返してしまった。

 どうすんだよ。鞘から抜いたらまた大爆笑が巻き起こってしまうぞ。


「どうしたのよ、早く抜きなさいよね」


 ん……リボンを付けたゴブリンが野次を飛ばしてきたのだが……ひょっとして。


「おい、そこのお前、お前は女かっ!」

「はぁ~~~見たらわかるでしょ! あんた失礼も大概にしなさいよね! 虫穴の洞窟一のアイドル――ポポコちゃんとはあたいのことよ!」


 あ、アイドルだと!?

 それにゴブリンの見た目で性別判断などできるかっ。俺はゴブリン専門家じゃねぇーんだよ!


 しかし、いいことを聞いた。

 化物といえどメスが相手なら俺は最強になれる!

 ペンデュラム国一のプレイボーイと評された俺の実力をみせてやるぜ!



「いいだろう。この魔王さまから与えられし魔剣の力を貴様らに見せてやろう。目ん玉ひん剥いてしかと刮目せよ!」

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