第5話 採用試験

「殿下、あのような大見得を切って本当に大丈夫なんでしょうね? もしも失敗したら……」

「まぁ……死ぬだろうな」

「殿下っっ!?」


 しかし、あの場で断っても殺されていただろうし、仮に無事国へ逃げ帰れたとしても、やはり先はない。

 遅かれ早かれいずれ我が国は滅びゆく運命。


 そうなれば責任の所在はすべてペンデュラム王家にあるとされ、王家の断罪は免れないだろう。

 やはり俺に未来はないじゃないか。


 生き残りたければ魔王に取り入るしか道はないのだから。

 だが困ったな。

 ラストリア帝国といえば人間界最強の軍事国家であり、冒険者と呼ばれるならず者たちの数も半端じゃない。


 その上、現在ラストリア帝国は勇者さま召喚の義に成功したことで活気づいていると聞く。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの彼らと真っ向勝負を試みても、間違いなく勝ち目なんてない。


 唯一の望みは虫穴の洞窟にいる魔族やモンスター、彼らが強いことを願うしかないのだが、あの場の雰囲気を考慮すると……それは期待できないな。


 沈思黙考する俺はコツコツとブーツを鳴らし、大理石の廊下を闊歩しながら、頭を抱える大臣に兵たちを連れて先に帰国する旨を伝える。


「しかし殿下っ!」

「まぁそう慌てるな。虫穴の洞窟とやらには行ってみないことには何もわからないのだから、行く前から慌てても仕方ないだろ?」

「それは……そうですが。せめてこっそり兵を」


 大臣の提案を俺はきっぱりダメだと突き返す。相手はかわい子ちゃんとはいえ魔王なのだ。どんな手段で監視されているかもわからん以上、ルールを破るわけにはいかない。


「それに」

「それに?」

「無駄に三千もの兵を同行させてしまったからな。長居すると残り少ない資金がすっからかんになってしまう。その金で何人の側室を雇えたか……」

「ハァ……こんなときまでご自身の性欲ですか。じぃは情けのうございます」


 俺は大臣に帰国次第、魔王に武器の製造法と、高周波ウェルダー溶着加工を記した手紙を送るように言いつけた。

 約束は約束だからな。


「これで魔王傘下に入れなければ……我々は正真正銘のアホですな」


 焼けくそ気味に笑った大臣にかける言葉が見当たらない。

 いまのところ俺のお友達大作戦はすべて、裏目に出てしまっているのだから。




「では殿下、ご武運を」

「ああ、一ヶ月後に生きていたらまた会おう。それまでに国が潰れないように頼むぞ、大臣」

「……冗談でも不謹慎ですぞ、殿下」


 あはははと笑い。俺は大きく手を振って大臣たちを見送った。


 それから再び魔王城へと足を運ぶ。

 準備が整い次第、城内に設置された魔法門――ゲートから虫穴の洞窟付近に転送させられる運びとなっているためだ。

 気が重いが、悲観的になっていても仕方ない。


 ネガティブ思想など俺には似合わない。

 何より、そんな男では女にモテないというのが俺の持論だ。


「準備が整ったようね。逃げずに来たことは褒めてあげるわ」


 傲然たる態度は確かに魔王らしいのだが、如何せん見た目がとても愛らしいため威圧感に欠ける。ゆえに頬が緩んでしまう。


「その余裕の笑みがいつまでもつかしら? ふんっ」

「一つはっきりさせて置きたいのだが、試験内容は一ヶ月生き延びればクリアなのか? それともやって来た冒険者を追い返した時点でクリアなのか。合否の基準を明確に開示してはもらえないか?」

「そ、それは……」


 どうしよう……という頼りない声が聞こえてきそうなほど、困惑したフィーネがチラッと豊満なフード補佐官に視線を流した。

 すると、透かさずフィーネに耳打ちをする補佐官。

 この補佐官がかなり厄介だなと、俺は頭を掻いた。


「どっちもよ!」

「つまり攻め込んできた冒険者を追い返し、尚且つ一ヶ月間生き延びれば試験クリア。その時点でペンデュラム国は正式に魔王さまの傘下に入れると?」

「だからその通りって言ってるじゃない!」

「では、仮に一ヶ月間誰も攻めて来なければ……どうなるんです?」

「えっ!?」


 魔王らしからぬ挙動不審な動きを見せるフィーネ。そんな彼女に代わり、フード補佐官の女がなまめかしい声で言い切った。


「その心配はありません。あのダンジョンは初心者の狩場と蔑まれるほど……魔王さまのお顔に泥を塗った最低のダンジョンなのです」


 なるほど。つまりアホみたいに冒険者が押し寄せて来るというわけか。本当に最悪だな。


「それと」

「まだ何か?」

「追い返すのではなく、退治するのですよ。あなた方人間が魔族を退治するように、人間を退治するのです。魔王さまの傘下に入りたいということは……そういうことなのですよ? それこそが忠誠心でございましょ?」

「う~ん、確かに」


 確かにそれは一理あるのだが、人間を……同族を殺すのはさすがに気が引けるな。


「何か……ご都合が?」


 こちらの心理を見透かしたようにクスクス笑っている。

 この補佐官は侮れないな。

 最悪人殺しも覚悟しなきゃいけないということか……俺に可能だろうか?


 鶏や豚を殺めるのとはわけが違うぞ。

 でも……。


「わかりました。では攻め込まれた際は、魔王さまの名の下に……」


 今はこう言うしかないよな。


「ご理解いただけたようですね。うふふ」


 それにしても艶があって色っぽい声だな。いつか閨をともにしたいものだ。

 そのためにも試験を突破し、魔王傘下入りを果たして幹部に昇格するぞ~!


 色々と不安はあるものの、俺だって国を背負っているんだ。こんなところで挫けて堪るかっ!


「では、ゲートへ」


 補佐官に促されるまま、俺は床に描かれた魔方陣へ足を踏み入れた。

 魔方陣を取り囲む数名の魔導師が一斉に呪文を唱えると、黒い燐光が視界一面に広がる。

 転送が開始される。




「生きていたら一ヶ月後に迎いを寄越すわ。せいぜい足掻くことね……人間」

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