第4話 傘下への道のり
「では、どうすれば信用して頂けると? 私は何がなんでも魔王さまの傘下に入れてもらわなければ困るのです」
「そうね……」
と、フィーネちゃんは近くに立っていた魔王補佐官らしき魔族に目配せを送った。
すると、全身黒一色のフードを頭の先まで目深にかぶった魔族が鷹揚と頷き、フィーネちゃんに何やら耳打ちをしている。
あの胸の膨らみから見て女だな! しかも極上と見た!
この俺の審美眼はごまかせんぞ。ムフフ。
「クックク、名案ね♪」
何かを企んだように肩を揺らすフィーネちゃんが口元に手を当てている。
どうやら方針が定まったご様子だ。
さて……一体どんな無茶ぶりをしてくるのやら。借金を踏み倒し、尚且つ夢を実現するためならミラちゃん頑張るもんねーだ。
「あたしの傘下に入るためにはそれ相応の実力が必要なのよ。すべての魔族があたしの傘下に入れるわけじゃない。戦力にならない雑魚は要らないからよ。わかるわね……人間」
「ようは実力を示せと?」
その通りだと頷いたフィーネちゃんが、何かを企んだようににかっと犬歯を見せる。その冷徹無慈悲な目元がM心をくすぐり背筋がブルッとする。
「それで、試験内容はどのような?」
「あんたには今から一ヶ月のみ、ダンジョンマスターの任を与えるわ。与えられたダンジョンでそれ相応の結果を残しなさいっ! そうすればあんたを傘下にしてやってもいいわ」
ダンジョンマスター……つまり冒険者やら何やらと戦えってことか。
こりゃ参ったな~、俺は自慢じゃないが戦闘力は皆無に等しい。
幾つか魔法は使えるものの、俺が必死に覚えたのは淫魔術の類いのみ。
ベッドの上でなら勇者にだって負けないと自負しているのだがな。
「ダンジョンマスター……ですか」
「そうよ! まさか怖じ気づいたわけじゃないでしょうね」
「魔王さまに対し、このようなことを言うのは厚かましいと存じているのですが……」
「なによ?」
「私武器を持っておりません。さらに私のような者が突然今日からここのダンジョンマスターだと言ったところで、誰も従ってくれないと思うのです。そこで!」
俺は提案した。何か魔王さまの部下という証拠になるような武器をくれと。
その武器を見せるだけで俺が魔王さまの部下であると証明できるような、素晴らしい武器をくれと。
つまり、魔剣を寄越せと提案してみる。
弱い俺でも魔剣さえ手にすればきっと強くなれると思ったのだが、
「なんですか……これ?」
「武器よ」
フィーネちゃんがぞんざいに剣を放り投げてきたので、拾い上げてスポッと鞘から引き抜いてみたのだが、剣身がない。
呆然と刃のない剣を見つめる俺を見て、その場に居合わせた魔族たちが腹を抱えて笑いだす。
瞬く間に魔王の間が大爆笑に包まれた。
「クックク。柄の部分にあたしの……魔王の刻印が刻まれてるから、それを見せればあたしの仮部下であることは十二分に証明可能よ! もちろん、ちゃんとダンジョンの連中にも伝達くらいはしてあげるわよ……ぷっ」
やはり……ドSか。
「ちなみに、ダンジョンに行くのはあんた一人よ! これはあんたの試験なんだから当然よね?」
まぁそんな気は薄々感じとっていたが、手厳しいな。
しかもわざわざ剣身を取っちゃうことないじゃないか。これでは俺に死ねと言ってるようなものだ。
「さらにちなみに、あんたがこれから向かうダンジョンは……人間界――ラストリア帝国領土内に位置する最弱ダンジョン! 虫穴の洞窟」
フィーネちゃんのソプラノが魔王の間に響き渡ると、オーケストラの演奏が終わったあと、会場が静まり返り、一呼吸置いてから一斉に拍手が鳴る。まさにそれと同じように、周囲はしんとして、それから再び爆笑の渦に包まれる。
その反応で十分過ぎるほど、俺がこれから赴く場所がどのような悲惨な場所なのかが容易に想像がついてしまう。
文字通り、死の宣告を受けたのと大差ないのだろうと思われた。
「や、やはり無理ですよ殿下っ! ここはお断りして次なる策を考えましょう」
青ざめた大臣が断るべきだと口にすると、それを聞いたフィーネちゃんが魔王らしく豪胆といい放つ。
「いまさら断れるわけないじゃない。逃げた時点で……殺すわよ」
「ハッ…………!?」
固まってしまった大臣の肩に手を置き、どうやら引き返せないみたいだなと俺は立ち上がる。
そのまま受け取った刃のない剣を腰に提げ、俺は恭しく頭を下げた。
「魔王さまより頂いたこのチャンス! ミラスタール・ペンデュラム――心してお受け致します!」
「殿下っっ!?」
「うむ」と一言だけ発したフィーネちゃんに背を向け、俺は悠然と魔王の間をあとにする。
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