第3話 魔王と風呂敷

 魔王城がそびえ立つ町は殺伐としており、ここが魔都だとはとても思えない。


 市民の80%が兵士なのではないかと思ってしまうほど、町には筋骨隆々としたリザードマンさんやサイクロプスさんしかいない。


 魔界の華の都とは名ばかりの町に、ガクッと肩が落ちてしまう。

 俺はてっきり凄くスケベぇなお店があるのではないかと期待していたのに……残念だ。


 スケベぇなお店どころか、綺麗なお姉ちゃんの姿さえ見受けられない。

 むさ苦しい男ばかりで……こりゃ地獄だな。


 しかも魔族の皆さま方が一様におっかない面構えでこちらを食い入るように見ていらっしゃる。

 見たところストレスが相当溜まっているのだろう。無理もない。

 こんな女っ気がないところではフラストレーションだって溜まるというものさ。


 あらかじめ使者を出していたから攻撃はされなかったものの、敵愾心剥き出しの視線に正直ちびりそうだよ。


「ほ、ほら、何やってるの。兵士の皆さんにお土産の地酒をお渡しして、ご機嫌を損ねられたらどうするの」


 俺は大臣や兵たちに小声で指示を出し、出来る限り下手に出る作戦へ移行する。

 兵たちは町の中までしか同行が認められず、さすがに魔王城には俺と大臣の二人だけしか入れないという。


「殿下……罠かもしれませぬぞ」

「それならとっくに攻撃されているよ」


 第一、先日使者を出して無事に帰ってきたとことを考慮しても、魔王は意外と話し合いに前向きなんじゃないのかというのが、都合のいい俺の解釈でもある。

 これまで人類が魔族を恐れていたのだって、一度も話し合いの場を設けなかったことも少なからず関係してるのではないのかと、これまた勝手な憶測に浸る自分がいる。


 豪華で不気味な廊下を進むと観音扉が開かれる。


 どうやら魔王の間に到着したようだ。

 本来ここへ来ることが許されているのは選ばれし勇者さま御一考くらいだろう。


 まさかお土産を詰め込んだ風呂敷を担いで魔王城に足を踏み入れた人間なんて、あとにも先にも俺くらいだろうな。


「あんたがこのふざけた手紙を寄越した人間?」

「……ん?」


 なんだ……このかわい子ちゃんは。

 玉座に深く腰をおろしたストロベリーブロンドの美少女ちゃんが、先日使者に持たせた手紙をパタパタと掲げている。

 しかも生足ショーパンじゃないか!


「ちょっと、聞いているの!」

「あ、ああ。それは確かに俺が魔王さま宛に出した物で間違いない。それで……その、魔王さまは何処に?」

「あんたの目の前にいるじゃない」

「へ……?」

「あたしが第三七代魔王――フィーネ・サンタモニカ・ブレイド・サトラスよ!」


 ……こりゃたまげた。

 俺はてっきり魔王だなんていうから厳つくてゴツいおっさんを想像していたのだが、まさか魔王の正体が絶世の美少女ちゃんだったとは……ムフフ。

 棚から牡丹餅とはこのことだな。


 上手く取り繕って仲良くなったら……裸の付き合いってやつで一緒にお風呂とか入れるかも知れないぞ!

 なんかテンションアゲアゲって感じだな。


「これはこれは失礼した。俺……じゃなくて私はミラスタール・ペンデュラム。ペンデュラム国の第一王子であり、この度魔王さまの加護をこの身に受けたく馳せ参じた次第でございます」

「……人間があたしの加護を受けたいですって!? あんた正気なの?」

「我が国の第一王子は頭がどうにかなってしまったのです」

「黙らっしゃい!」


 うるさい大臣を押しのけ、俺はフィーネちゃんの御膳で膝をつき、持参してきた風呂敷を広げる。


「それはなんだ?」

「はい、魔王さまの傘下に入れてもらうために持ってきたお土産にございます」

「貧乏国家なもので、せこいお土産でございますが……」

「うるさいなぁ! お前は少し黙ってろよ!」

「…………せこい手土産でこのあたしの気を引こうということか。舐められたものね」


 大臣がいちいち余計なことを言うもんだから、フィーネちゃんのご機嫌が斜めになってしまったじゃないか。


「た、確かに我が国は貧困ゆえ、大した物はご用意できませんが。私が見て頂きたいのはこちらの品にございます」

「ただの衣類ではないか」

「さすが魔王さま、お目が高いっ! そう、これは極々平凡な衣類でございます」

「…………あ、あんたあたしをバカにしているのっ!」

「滅相もありません!」


 バカにされたと思い込んだフィーネちゃんが、魔王さまらしからぬ愛らしさで頬を膨らませている。

 う~ん、可愛いなぁ~♡


「こちらは高周波ウェルダー溶着加工と呼ばれる特殊な製法で作られた衣類であります。その一番の特徴はパイピング部分に糸を使わず、熱(高周波ウェルダー溶着)によって加工することで、ほつれや糸などの異物混入を防止すると同時に、優れた防水性・防寒性を実現した逸品であります」

「それがなんだって言うのよ」

「おや、おわかりになられませんか? この技術を駆使すれば、アラクネさんが吐き出す特殊な糸で作られる衣類を、さらに強固なものとして製造可能になるということであります。それはすなわち、魔王軍の戦力強化に繋がるかと」


 ムフフ。まんざらでもないと言ったご様子かな。

 戦闘にしかほとんど興味のない魔王にとって、人間が築き上げてきた技術には少なからず興味があるはず。


 俺はここぞとばかりにさらにもう一品、普通の包丁を取り出した。

 そう、何の変哲もない極々一般家庭で使われる包丁だ。


「こちらは一般的な我が国の調理包丁でございます。職人が一振り一振り丁寧に造ったこちらの切れ味も中々のものであります」

「ふんっ、そんな物ではあたしの髪すら切れないわよ」

「仰る通り! しかし、これはただの鉄から造られたもの。おわかり頂けますでしょうか?」

「………」


 俺は新たに風呂敷からまな板と大根を取り出し、サササッとその場で切ってみせる。

 大根は自身が切られたことにすら気づかぬほどの切れ味でバッサバッサと切られゆく。

 さらにその断面は滑らか。

 ファンタスティックな切れ味である!


「どうですか!? この切れ味!」

「…………は?」

「ちなみにこちらは魔界で使われている出刃包丁」


 同じように大根を切ってみせると、あら不思議! まったく切れないのだ。これでは刃物ではなく鈍器といったところ。


 そう、これはただの鉄の包丁だが、魔鉱石やギガトータスの甲羅から造り出す一振りは間違いなく、魔王軍の戦力を爆上げすることになるだろう。


 同様の鉄で作られた包丁にこれほどまでに切れ味に差が生まれるのだ。

 戦闘大好き魔王さまなら、そのことに必ず気づくはず。

 気づいてくれないと困る!


「なるほど。つまりあんたの土産というのは、それらの技術というわけね」

「ええ、その通りでございます」

「……いいわ。その土産とやらは受け取ってあげる」

「ではっ!」

「だが断るっ!」

「は?」

「あんたらみたいな信用ならない人間を、あたしの傘下に入れることは断るって言ってんの」


 あっ、汚ねぇーっ!

 技術だけ奪い取って俺のことはポイ捨てかよ! さては……フィーネちゃんはドSだな。ムフフ。

 よくよく見たらスケベそうな顔をしてやがるぜ! でも俺って意外とMだったりするから、燃えるんだよな~こういうシチュエーションも。

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