少年は王宮という名の牢獄へ、少女は軍という名の地獄へ
第12話
代わりに空と大地の間が一直線に分かれている平原と、果てしなく続いてると錯覚する長大な河が目の前に広がっていた。
畦道でガタガタと揺さぶられていた馬車も、綺麗に整備された砂利道をコトコトと進むようになっていた。
文生は揺れの違いに気づき格子窓を見て、その景色に唖然とした。
空は山あいに囲まれた村よりも広く高く伸び上がっている。地面の端が遥か先まで平らなのを初めて知り、一面緑に染まった大地が全て稲穂で覆われたものだと分かるのにしばしの時間を要した。
文生が
文生は信じられなかった。村の
初めての景色に目を奪われていると、視界の端に小さく横に長い灰色の
そこだけ違和感のある
ああ、きっとアレが僕の墓場となるんだ。
文生の好奇心で浮かれていた気持ちは、一瞬で泡沫と化した。
一行が道を進むにつれ、人々の往来が増えていく。
人々は文生が乗った馬車を見ると、必ず道を開けて頭を下げる。誰もが馬車の意味するところを知り、敬意を表す。
それを見た文生の心に、人生が転換している実感がじわりと滲む。
これまでの、自分と周りの人々だけを気にしていれば良かった人生が、この名前も知らぬ全ての人の人生を背負い込まなければならないのだ。
文生の肩がずん、と沈んだ。
「着きましたよ」
外からの勇豪の声に文生はハッとする。
改めて格子窓の向こうを覗くと、そこには自身の恐れていたものが待ち構えていた。
「ここが
いつも通りにつっかえていた勇豪の言葉だったが、文生は気にする余裕がなかった。
目の前の石垣は見上げる高さに
都城へ繋がる門の前は出入りする人混みで溢れ、もはや人の頭しか見えない有様だ。
そんな状況に到来した馬車行列は、嫌が応でも存在を知らしめた。そして馬車に気づいた誰もが、静かに
文生はただただ圧倒された。気づけばあかぎれだらけの手は震えていた。
自分の手を握りこみながら、隣に美琳が居てくれればどんなに良かっただろうと想う。
だがこれからは、独りで立ち向かうことを覚えねばならないのだ。
「文生様。今日からは貴方がここの主ですよ」
勇豪は誇らしげに話して、無意識に文生を追い詰める。
文生は
肩を寄せ合うように密集した民家が奥までずらりと続き、あちらこちらから商人が品物を売り込む声が飛び交っている。
文生は民家を見やる。
喧騒や群衆など、村では無縁だった。初めて目にするものばかりで、文生は情報量の多さに眩暈を起こしそうだった。
そのひしめきを支えるように敷かれた砂利道は、馬車が通っても余りある程に太く一直線に通っており、道々には細い通りが枝分かれして伸びていた。大木を思わせるその先には、もう一枚堅牢な城壁が鎮座している。
遠目からでも巨大なことが分かる灰色の鎧の上には太陽の光を一身に集めたような紅い
「あっちに見える紅い屋根の建物が王宮です。ここからはゆっくり進んで、新しい王の帰還を民に示しましょう」
勇豪が文生に呼びかけると、周りにいた兵士たちがその言葉に合わせて動き始める。馬車はしずしずと動くようになり、騒めいていた民が静かに道を譲り始めるのであった。
豪奢な馬車は後ろに屈強な兵士たちを従え、一路王宮へと向かって行く。
兵士の誰もが仕立ての良い着物と青銅製の鎧を着ており、民衆に王族の権威を知らしめていた。
そんな中、最後尾に一人だけ違った様子の者がいる。
その人物は使い古された青い着物の小柄な女で、彼女は少女と言っても差し支えない身体つきである。そしてその小さな足でトコトコと馬車に付いていく。
民衆はひそひそと噂し始める。
王族の行列に
人々は兵士たちにバレないようにそっと彼女を覗き見して、一様に息を呑んだ。
新雪を思わせる透き通った肌に、赤く色づいた唇が咲いている。品の良い小鼻の先を辿ると、豊かな
人々は馬車が通り過ぎたのを見計らって頭を上げると、一斉に彼女の話で盛り上がる。天女を思わせる美貌の彼女が、何故あんな格好で行列に参加しているのか。まさか新しい王が見初めて連れて来たのではないか。
しばらくの間、市井では顔の見えなかった新しい君主よりも、謎に包まれた彼女の正体の噂で持ちきりになった。
平凡な毎日を過ごしている一般大衆には少女の美貌がかなり刺激的だった。人の噂も七十五日と言うが、その後も彼女の噂が定期的に浮上する程に衝撃を与えた。
それ程に端麗な少女だということを、女の容姿に頓着しない
それが後に影響するなど、そのときは誰も想像していなかった。
*庶人…農民のことを指す。
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