第11話
「そ……そんな軍だなんて!
「いや。こいつなら出来る。この
「……!」
文生は隣にいる美琳を見つめ、昨日見た矛の傷痕が治っていく様を思い起こす。
そして昨夜の大火で焼死体となったはずなのに、いつもと変わらぬ顔でこちらを見つめ返している彼女の美しい柔肌を撫ぜる。
彼女がどんな体であろうと、共に育んだ愛しい記憶が失われる訳ではない。今も変わらず恋人であり、家族であり、妹のようでもある。そんな彼女を軍に送るなんて耐え難い。
だが不死身の体である彼女程、軍に向いている者がいないのも事実だろう。
美琳は先程までと打って変わって、静かに文生の挙動を見守っている。文生がどうしたいのかを尊重するように。
文生は勇豪を見上げる。
「確かに、美琳なら負け知らずでしょうね……でも、軍って
「そりゃそうだ。それが仕事だからな」
「つまり……人を殺さなきゃいけないんですよね?」
「……そうなるな」
「そう、ですよね」
文生は美琳の手を握る。
共に
「僕は……美琳にそんなことしてもらいたくない。どうにか王宮内での仕事にしてもらえませんか?」
「……こいつを奴隷にしていいならいくらでもいいんだがな」
「奴隷だなんて!」
「そう言うと思ったから軍を勧めたんだ。軍は基本女は入れないが、こいつの体ならむしろ大歓迎さ。最初は下っ端から始まるが、武功を立てれば王宮の護衛兵になることもあるだろう。そうすれば文生様の近くで働ける可能性も高い」
「でも……」
「……文生様の母上のように奴隷身分でも後宮に入れさせるってのもあるが、後宮のいざこざは昨日聞いた通りだ。こいつが死ぬことはないだろうが、過酷なのは目に見えているだろ。それにこいつを娶れば、血統を大事にする貴族連中が執拗に陰湿なのを仕組んでくるぜ。かと言って奴隷として働かせたくないなら一択しかないと思うがな」
文生は眉間に皺を寄せる。
婚約者の彼女を後宮に連れて行くのには何もおかしいことではないし、他の人と結婚するなんて考えられなかった。でもそれだと美琳を傷つけてしまう。それに自分の母親が死ぬ原因となった後宮に居てほしくなかった。
かと言って自分の恋人を奴隷にさせたくもなかった。彼女が奴隷として虐げられる様を自分の膝元で見なきゃいけないのかと思うと堪らなかった。
美琳は文生がどれも選べない様子を見て、迷いのない顔で述べる。
「あたし……軍に行くわ。この先ずっと村に居るよりはよっぽど我慢できるもの。そして貴族にも文句を言わせないくらい活躍して、文生のお嫁さんになるわ!」
「!!……そんな、行かせられないよ!」
「だって今のままじゃダメなんでしょう?文生が傷つくんでしょう?だったらあたしが文生のことを守れるくらい強くなるわ!」
「美琳……」
「その代わり、待っててくれる?誰とも結婚しちゃ嫌よ?必ず文生の傍にいるのに
「うん……そうだね。必ず待ってるよ。約束だ」
「……それならいいでしょう?」
「お前がそれでいいならいいさ。俺としちゃ文生様が王宮に来てくれさえすりゃ、お前が奴隷になろうとどうでもいい。だがそれじゃ文生様が王政に集中出来なさそうだし、お前の体が軍で重宝するのも事実だしな」
「じゃ、交渉成立ね」
そう言うと美琳は勇豪に目もくれずに文生にすり寄ろうとし、文生が沈んだ顔をしながらも応えようとする。だがそれは勇豪が美琳を引っぺがしたことによって阻止されるのであった。
勇豪はもがく美琳を押さえつけながら思案する。
(まあ、庶人出身の兵は王宮付きにはなれないし、数年もすれば文生様も諦めがつくさ。放っておいても貴族連中が正室をこさえてくれるだろうし、そんときに万が一こいつが嫁いでも側室止まりさ。こいつは戦でこき使ってやろう)
そんな風に考えていた勇豪は、ふいに視線を感じて下を見やると美琳の目とかち合った。
美琳の栗色の瞳は美しく伸びた
勇豪の考えを見透かしたようなそこからは凄まじい執念が放たれ、勇豪を身震いさせるのに充分な威力を持っていた。
勇豪は鳥肌の立った腕をさすりながら美琳を手放す。その拍子に地面に倒れ込んだ美琳がむくりと起き上がると、勇豪は忠告する。
「……文生様は一国の主になる。今まではお前とどんな風に過ごそうが誰も気に留めなかっただろう。だがもしお前と文生様が添えば、お前の一挙手一投足で文生様を危うくさせかねない……それだけは覚えておけ」
その言葉に美琳は三度
「『
「……フン。じゃあ
「ええ……文生、あたし頑張るから。絶対文生の元に行くからね」
「美琳……君だけに頑張らせる訳にはいかないよ。僕も王らしくなれるよう努力する。だから無茶はしないでね」
若い恋人たちは名残惜し気に見つめ合うが、勇豪が美琳の腕を引く。
「ほら、さっさとしろ」
「分かったわよ……文生、またね」
「うん。またね」
美琳と勇豪が外に出ると雨がすっかり止んでいた。木々の葉には蜜柑のような水滴が実り、赤と黒に二分した空にはうっすらと金平糖が散りばめられていた。
美琳は星々の甘美な景色を瞳に吸い込んでいたが、無関心にただ咀嚼するばかりであった。
そこにはかつて全てのモノに興味を持ち、楽しんでいた少女の面影はなかった。
『少女』を『美琳』にしてくれた文生以外は、ただ『利用』するだけのモノ。
文生にさえ良く思われればどうでもいい。彼女が覚えた『
……どんな障害物だろうと退ける程に、
勇豪に連れられて、美琳はほつれかけの古い天幕に入る。女である美琳は一人で過ごすことになった。
美琳は静かな天幕の中で文生の笑顔だけを思い浮かべて、朝日の気配を待ち侘びた。
こうして田舎で素朴に暮らしていた恋人たちは、片や王に、片や女兵士へと別々の道を歩み始めた。
二人はまた共に過ごせると信じて、お互いの道を邁進しようと約束を交わすのであった。
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