第5話

 

「あ、おかえりなさーい……あれ、その人はもしかして?」


「ただいまシトロンちゃん。そうよ、貴方の探し人よ」


「やっぱりお兄ちゃんだっ! もう妹のこと待たせすぎっ!!! ……てかプププ、なにそれおっかし〜!」


「えっと、ユズ、だよな? 待たせてごめん。ってかお前こそ、微妙な変化がこれまた微妙だぞ」


 たった今まで沈んでいた様子の妹は、僕の姿を見ると一気にはしゃぎ始める。


「えー? だって私は元から学年でモテモテになるくらい可愛い顔だけど、お兄ちゃんはインキャが頑張ってオシャレしてみましたみたいな雰囲気ビンビンじゃん〜! きゃはっ」


「そんなことないだろう。肌や目の色と髪型を変えて、身長を伸ばしただけだぞ?」


 とユズではなくハルに同意を求める。


「……アハハー」


「ええ、もしかしてマジでそんな感じなの?」


「人生何事も経験だよ、ミツキくん」


 とハルはやけにお姉さんぶって僕の肩をポンとたたく。


「た、確かに僕はモテる方じゃないけど、別にゲーム内でくらい好き勝手にしてもいいだろうっ」


 小中と陸上部だった僕だが、高校に入ってからは続ける意欲が無くなりやめてしまった。記録も伸び悩んでいたし、足の負担も大きかったからだ。


 なので中途半端に残った焼けた肌と自分でもどうかと思う真面目くん丸出しな見た目を少し変えてみようとアバターを弄ってみたのだが、どうも幼馴染と妹には不評だったようだ。


「でもハルは幾らなんでも変えすぎだよな……まあそれも仕方ないっちゃあ仕方ないか。ユズの自称とは違って本当にもてるもんな」


 彼女は既に先ほどのリアルな顔を見せる機能をオフにし、ゲーム内のアバターへと変身している。


「自称じゃないもん、ほんとだもんっ!」


 ポカポカと叩いて抗議してくる妹を他所に、ハルのアバターをもう一度観察する。


「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ、もう……」


 ハル、こと甘空遥あまそらはるかはいわゆる僕の幼馴染だ。生まれる前から家が隣同士で、親同士の仲もいい。そのため保育園から現在通っている高校までずっと一緒という間柄だ。

 思い返せば、向こうのほうが生まれたのが少しだけ早いというだけで、昔からやけにお姉さんぶってきた記憶が多い。もう高一の夏休みだというのに未だにお子様扱いしてくるのはちょっと傷付きもするが。


 そんなハルは僕と全く逆、幼い頃から可愛らしいと美人の両方を持ち合わせたようなある意味で"卑怯"な見た目をしており、そりゃもうモテモテであった。小中とも同じ陸上部でエースを張っていたし、その将来も嘱望されていた。勉強もそこそこできるし面倒見も良く、学内では常にカースト上位、それも天辺付近にいたような人物だ。


 だが何故か、いくら告白されても誰とも付き合おうとはしなかった。しかも、僕が陸上に入らないと知ると同じように高校からはあっさりと帰宅部にジョブチェンジしてしまったのだ。

 これらの行動原理はもしかして僕に気がある・・・・からなのでは、と思い高校に入る前一度聞いてみたのだが、『ミツの面倒を見るのは私の使命だから』なんて一言であっさりとフラれてしまった。どうも僕は彼女の庇護欲をそそる存在なのだという。つまりは保母さんが園児の面倒を見る程度の認識なのだ。


 僕だって一応は妹のいる兄だし、別に甘えん坊というわけではない。家事もできるし、友達だっていない訳じゃないから社交性だってあると思っている。だが彼女の中では、いつまでも僕は幼い頃の『ミツくん』のままなようなのだ。


 そんな彼女を見返してやろうと、高校からは大人っぽい真面目キャラを作り過ごしてきた。それでも彼女の態度は変わらず、さらには妹に『なんかお兄ちゃん、インキャっぽくなったよね』などと揶揄われる始末。友達はできたけれども、正直高校デビューは失敗したと思っている。


 でも、元々の僕はこんな感じなのだ。アニメやゲーム漫画などサブカル好きなところに、何故か始めた陸上という要素が混じっていただけ。根っこの部分は大人しい人間だと自己分析している。実際小学校低学年まではそうだったし。


 なので今更キャラを変えるつもりもないし、これからもこの『橘蜜樹』を表に出して生きていこうと思う。


 ……こほん、話が逸れたな。


 ハルのアバターは、顔立ちはリアルのそれとは全く違う西洋的な彫りの深く鼻の高い顔立ちだ。ピンクのセミショートの髪に星がついた髪飾りをつけている。身長は160センチほどで、体格はリアルよりも少し痩せているだろうか? 逆に胸は現実世界だともりもりパッドちゃん間違いなしな調整具合だ。

 肌の色も僕と同じく白めにしており、目の色は瞳の部分がピンクっぽい茶色となっている。


 服装は膝下ほどまである黒いワンピースに黒いブーツサンダルを履いている。背中にはカクカクと折れ曲がった持ち手が特徴的な杖を背負っており、ここに帽子をかぶれば完全に魔女だな。


「それにしてもよく僕だってわかったな、ハル。もしかしてさっき話をしていた時から気づいていたのか?」


「そうだけど? だって顔そのものが変わっているわけじゃないし、ちょっと変わったくらいで私があなたのこと見間違えるわけないじゃない。それに遠くからでも雰囲気が明らかにミツっぽかったもん幼馴染舐めないでよね!」


「なんだそりゃ? そんな変なオーラ出しているつもりはないぞ」


「お兄ちゃん……ハルさんはそういうことを言ってるんじゃないと思うけど?」


 妹は何故かジト目で睨みつけてくる。


「んん? まあいいか。それよりハルの方こそ、その姿もまた新鮮でいいと思うぞ、うん」


 と露骨に話を逸らしておく。深く突っ込むと火傷しそうだったからだ。


「そ、そうかな? ふ、ふーん、ミツはこういうのが好きなんだ」


 ハルはその少し内側に曲がっている髪の先っちょを指で弄りながら、顔を横に逸らし言う。


「うえっ!? 別にそんなこと言ってないだろっ、僕はリアルのハルの方が……いや、なんでもない」


 危ない危ない、余計なことを言いそうだった。こっちの話題も火傷するパターンだったか……もうあの時以降この気持ちは封印すると決めたじゃないか。向こうから振り向いてくれるまでこちらからはアタックしない、そう誓ったのだ。


「あれれ〜、お二人さん、いい雰囲気ですな〜! 妹としては妬いちゃいますっ☆」


「ちょ、違うから! ユズちゃん違うから! ミツのことは男と言うより弟みたいなもんで。だからユズちゃんもそういう意味では好きだからね?」


 僕に抱きつきながらハルのことをニヤニヤと眺める妹に向かってハルが慌てて弁明する。


「は〜い。私もハルさんのことは大好きですよっ!」


 ユズが今度は幼馴染のお姉さんへと抱きつき対象を変更する。


「弟ねぇ……はあ。というか二人とも、このゲームは何から始めればいいんだ? イチャつくのもいいが、僕としてはとりあえず今日中に最低限のゲームシステムは理解しておきたいのだが」


 まだ朝とは言え、長時間ログインしているのも問題があるだろう。


『アダマンタイマイ・ドライ』自体には、身体の危険を感知するとどのアプリを使用していても即お知らせする機能がある。更には、外部カメラにより物理的な害を受けそうな状況を察知すると強制的に覚醒させる機能まで備わっている。

 なので体調の異常な変化や本能・生理的欲求が限界を超えることは無いようだ。もう少し雑に言えば"お漏らし防止機能"だ。


 やけに親切な設計だが、これくらいしてもらわないと安心して使用できないという消費者心理が働くのも確かだろう。


「わかったよお兄ちゃん。私も早く一緒に冒険したいし! というわけでとりあえず、私たちとフレンド交換しよ? ですよね?」


 ユズはハルの反応を伺うようにいう。


「うん。このゲームは仲介所的なものは公式には無いからね。プレイヤー同士の交流もリアルで知り合うか、ゲーム内で仲良くなるか、もしくはプレイヤーが独自に作っているギルドに加入するか。その他あらゆる要素についても、プレイヤーが能動的に行動することが大前提なの」


「能動的に?」


「そう。さっき私は『このゲームには情報がない』って言ったでしょ? あれはそのままの意味なの。このゲームは最初から最後まで、徹頭徹尾"不親切"なのよ。戦い方から仲間の作り方、ゲームの根本的なシステムに至るまで、ありとあらゆる情報はプレイヤー間で共有し合うことのみで得ることが出来るの」


「というと……つまりは取説がないってことか?」


「さっきあそこでメニュー画面の開き方に迷っていたでしょ? 普通ならそれくらいの操作方法は教えてくれると思わない? 何せ世界で初めてのVRMMORGPなんだから」


「まあ確かにそれは思った」


 TIPSについても、僕はたまたま気づいたけど、あんな端っこの方に薄く小さい文字で書いてあったら気づかずにキャラクタークリエイトを終える人が大半だろう。

 メニュー画面というこの手のゲームで必ず必要になるものの出し方さえ教えてくれないのだから、ハルの言う通り"不親切設計"なのは間違いない。


「言葉で話しても詳しいことを全部伝えるのは難しいわ。ひとまず実践だわね」


 ハルはそう言うと、先ほど見たように指を上下にくぱぁとさせた。


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