第3話

 

「んん……」


 だんだんと視界が開け、ぼやっとしていた頭が覚醒してくる。


「ここは?」


 目の前に広がる空間は、ひたすら真っ白で。上下左右が分からないくらい一面同じ景色が延々と続いている。気温も風も感じない、辛うじて地面に立っていることがわかるくらいだ。


<ようこそ! 『聖典の壁歴』の世界へ!>


「お?」


 と、目の前に一言のメッセージがポップする。


<今からキャラクタークリエイト、およびチュートリアルを開始いたします。その前に、以下の注意事項及び規約に同意いただきます。内容をよくお読みの上、同意される場合は右のボタンを。同意なされない場合は左のボタンをタッチしてください>


 そして続いて、最近のゲームでよく見る注意書きが延々と書かれたメッセージが現れる。


「これ、全部読まなきゃなのかな……でも、フルダイブのVRゲームなんて初めてやるから、何かあったときに怖いしちゃんと読んでおいた方がよさそうだな」


 そして僕は、出来るだけ急いでしかし必要な部分はしっかりと覚えるように書かれた文章を読んでいく。


 最後までスクロールすると、注意書きが書かれた枠の下に出ていたグレーアウトしていた二つの枠が光り出した。


<以上の内容に同意し、ゲームを開始します>


<いいえ> <はい>


「ここはもちろん、『はい』だな」


 ここまで読んで、おかしいと思う点は見当たらなかった。なので大丈夫だろうと思い、躊躇なく右のポップアップをタッチする。


<改めまして、ようこそ橘蜜樹タチバナミツキ様! ただいまより、キャラクタークリエイトを行います。性別、身長の変更は現実世界との乖離を生み出す可能性がございますので自己責任となりますことをご了承下さい>


 これは先ほどの注意事項にも記されていたことだ。承諾した以上文句は言えないが、それでもどこの世界にも聞いてないだのとクレームをつける人がいるので念押ししましたよというポーズをとっているのだろう。


「それにあまり変えすぎても、リアルとこちらを行き来している間にどっちが本当の自分か分からなくなりそうだ。理想を追い求めすぎるのも危険だなぁ」


 もしかしたら既に延々とログインしている人もいるかも、と思ったがこのゲームは危険を察知する、または身体に異常が見つかった場合強制ログアウトする仕様なのを思い出し、杞憂だと馬鹿な考えは捨てる。


 さて、キャラクリで変えられる項目は、右上に半透明で小さく表示された"TIPS"と書かれた枠を押すと出てきた、また枠で囲ってある説明書きに記されている。それによると、まずは顔の形に肌の色や目の色、髪型などの見た目に関わる部分。


 そして性別に加え身長体重などの体形も変えられるが、すばやさによって動きやすさが変わってくるらしいので、本当に見た目だけの要素だ。なおデフォルトの感覚は60キロの人のものを流用するらしい。


 それとこの手のゲームで一番大切なキャラクターネームだ。


「えーっと、肌や色は少し白くして、髪型は----」


 と、少々時間をかけて納得のいくキャラを作っていく。なお編集したキャラの姿はキャラクリを始めると同時に突然現れた大きな鏡に自分自身を写して確認する形だ。

 パーツを選択するごとにその部分が粘土をこねるようにグニャグニャと形を変えるのは少し不気味ではあるが。


 そうして1時間ほど経って、ようやく納得のいく見た目に定まった。


「よし、これでいこう! 名前は……そうだな、オレンジでいいか」


 安直かもしれないがわかりやすく、それでいてありきたりな名前でいいだろう。変に中二病っぽい名前をつけたらユズから揶揄われるのは目に見えているからな。


 決定ボタンを押し、姿形、キャラクターネームを確定させる。


<お疲れ様でした。続いて初期ステータスの割り振り及びチュートリアルを行います。なお、チュートリアルに関してはスキップすることもできます>


「チュートリアルは勿論見るとして、ステータスか。ここも慎重に選んだ方がいいのかな?」


 ともかく、見てみないことにはわからない。


『次へ』のボタンをタップすると、RPGゲームでよく見るようなステータス画面が現れた。



 --------------------

 オレンジ:男/17歳

 種族:人間

 職業:一般人


 レベル:1

 経験値:0/20


 HP:24/24

 MP:12/12

 SP:20/20

 物理攻撃:6

 物理防御:6

 魔法攻撃:4

 魔法防御:4

 すばやさ:8

 幸運値:10


 --------------------

 ◯魔法

 ・なし


 --------------------

 ◯スキル

 ・なし


 --------------------

 ○装備

 ・武器1……なし

 ・武器2……なし


 ・頭……なし

 ・胴(外)……布のTシャツ

 ・胴(中)……布のシャツ

 ・腕……なし

 ・腰……なし

 ・脚……布の長ズボン

 ・靴……スニーカー


 ・アクセサリー1……なし

 ・アクセサリー2……なし


 --------------------

 ○称号

 ・なし


 --------------------


「ほほーん、結構詳しく出てくるんだな」


 ステータスは完全に初期値であり、装備品も今着ている服そのままだ。なおTIPSによるとこの服はデフォルトアバター、つまりは初期装備だそうだ。

 TIPSはいわゆるヘルプ機能なのだろう。時間があるときにはきちんと読んでおいた方が良さそうだな。何せ初めてやるタイプのゲームなのだ、僕の知らない情報があったら後々困ることになるかもしれないし。


 さて、ステータスの割り振りか。初期値は登録してあるマイナンバーに記された本人の元の世界の肉体データから作成しているらしい。平均的な値は6らしいので俺はどうやら少しだけすばやさが高いみたいだ。あと幸運値もだな。


 幸運値に関しては分からないが、すばやさに関しては中学の終わりまで6年間陸上部であったためそのせいだと考えられる。


 それぞれの値を長押しして吹き出しを読むと----




 ◎HP……ヒットポイント。プレイヤーの残りの体力を示している。ゼロになるとリターンポイントへと帰還するか、蘇生をしてもらうしかなくなる。なお二十分以上蘇生されない場合は強制的にリターンポイントへと戻され、レベルに応じてアイテム、所持金、経験値がそれぞれ減少する。


 ◎MP……マジックパワー。魔法を使用すると減少していく。

 ◎SP……スタミナポイント。スキルを使用すると減少していく。

 ◎物理攻撃……剣や拳などで相手に対して物理的な攻撃を加える時にどれだけダメージを与えられるかが決まる。

 ◎物理防御……剣や拳などで相手からの物理的な攻撃を受けるときにどれだけダメージを抑えられるかが決まる。

 ◎魔法攻撃……魔法により相手に対して攻撃を加えるときにどれだけダメージを与えられるかが決まる。

 ◎魔法防御……魔法による相手からの攻撃を受けるときにどれだけダメージを抑えられるかが決まる。

 ◎すばやさ……数値により普段の、又は戦闘中の移動速度が決まる。なお敵の攻撃の躱し易さなど身のこなしにも関わる。

 ◎幸運値……ドロップアイテムの出易さやそのレアリティ、イベントの発生確率、攻撃の(被)クリティカル率などあらゆる行動に影響を与える。




 となっていた。


「さて、最初にどの職業でゲームを進めるかにもよるよな。後からジョブチェンジはできるにしろ、序盤の攻略効率はできるだけ求めた方がいいだろうし」


 ジョブチェンジできることはTIPSにある職業の欄を確認したらすぐに判明したため知ることができたが、これさっさと進めるタイプ&おっちょこちょいな人は知る機会を失っているよな? 流石にゲーム内でも知ることができるようになっているとは思うのだが、それでもポイント構成に関わってくるし。結構不平等なシステムだ。


 なおその肝心のジョブについては、ここでは選ぶことができないみたいだ。ゲーム開始時にプレイヤー全員へと配布される準備金で武器を買い、『総合ギルド』という場所で登録するらしい。

 右上に出ているTIPSから基本的な情報はいつでも確認できるため、気になる情報はその都度確認しておく。


 でも、攻略サイトなどがあれば後で見てみた方がいいかもしれないな。今の時点で既に僕の見逃している情報が載っているかもだし。


「……よし、これでいいやっと」


 そうしてポイントを割り振り終わり、いよいよチュートリアルだ。

 スキルや魔法もジョブを決めた後に自分で手に入れろとのことなので、キャラクリの全てがこれで完了したこととなる。


<キャラクタークリエイトを完了し、チュートリアルを開始します。後から変更はできませんが本当によろしいですか?>


<いいえ>   <はい>


「もちろん『はい』っと」


 そうしてボタンをタッチすると、周りの白い壁に横に黒い線が少しずつ入り、だんだんと真っ黒に染まっていって宇宙空間をワープするような演出が入る。




<改めまして、オレンジ様。ようこそ『聖典の壁歴』へ!>


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