第2話

 

「まずはこの片目バイザー形態から設定を始めます!」


 妹の柚子ユズがくれた箱の中には、『アダマンタイマイ・ドライ』本体と充電ケーブル、それに2030年代となっても家電にはつきものの紙の説明書(しっかりと保証書込み)が入っていた。


 ワイヤレス充電が普及しているとはいえ、やはり第二世代高速充電が可能な有線の需要も未だに高いことが窺える。


 アダマンタイマイを開発した会社は、某スマートフォン会社のような充電器ビジネスも取り入れているようで、このケーブルもそれ専用のものとなっているようだ。

 因みに当然他の需要も存在するので、両目バイザー片目バイザーの両方の形態で利用できる専用ワイヤレス充電台も別売で存在するらしい。


「早速着けてみていいか?」


「どーぞどーぞ」


 僕は少しワクワクしながらグラスをつける。


 そしてガラスの右側側面、フレームの耳掛け部分にある電源ボタンを押すと、起動音が聞こえて画面が現れる。

 片方だけだとバランスが悪いのじゃないかとは思ったが、人間工学が取り入れられており片目片耳だけでもバランスが取れるように設計されているそうだ。


「えっと、まずはユーザ登録をしないといけないんだけど」


「ああ、そうか」


 僕はマイナンバーカードを出し、画面の指示に沿ってIDを読み込ませる。インターネットは様々な犯罪への対策として、またデジタルに移行しつつある行政手続きや金銭取引に対応するため今の日本では実名登録制となっている。


 そして今手に持ってバイザーに翳している最新版マイナンバーカードには国民の情報を保存したチップが仕込まれており、あらかじめ国の機関に登録してある網膜認証システムアイ・スキャナーと照合して本人確認をするのだそうだ。


 今回はくじの景品ということではあったが、通常購入する時にも本人確認をさせられるらしい。二重で本人確認をしているわけだな。この装置を開発した企業は随分用心深いらしいと共に、国と協力できるだけの関係性を持っているということでもあろう。


「おっ、認識したか」


 そして最後に本人確認のため、指紋登録をする。起動する時は毎回この指紋を認識するらしい。ここはパソコンやスマホに似ているな。今はだいたいのデバイスが顔認証かディスプレイ内指紋認証を採用しているからな。


「はい、これで終わり! どう? 色々出てきたでしょ」


「ああ」


 画面が切り替わると、SFチックな半透明のホーム画面が現れる。


「へえ、これがARグラスかあ」


 勿論商品自体は知っているが、実際に使ったことは今までなかったためとても新鮮な感覚だ。まるで本当に空中に映し出されているかのように見える。


「えへへ、凄いでしょー」


「いや、ユズが作ったわけじゃないだろう……」


「当ててきたんだから私にもドヤる権利はあると思うの」


「なんでやねん」


 そうふざけた会話をしつつも、画面を色々と調べる。

 基本となるホーム画面に映る情報は、今日の天気やちょっとしたニュース、オススメのコンテンツなどウェブブラウザのトップページみたいな構成だ。


 その画面もガラスに張り付いて見えるのではなく、画面自体が少し遠くに浮いてみえるようになっており、視界を情報で阻害することはない。敢えて説明するなら、空中にプロジェクターで投影しているのを見ている感じだろうか。


 僕は説明書を読みながらそのうちの一つ、アプリケーションダウンロードの項目をタッチする。説明書すら、ガラスを通せば本当にカミが動いているかのように立体的な動画で説明をしてくれる。

 音声もそれに合わせて流れる(骨伝導というやつらしい。これも体験するのは初めてだ)ため色々と凄いなあと感心する。映画の中に入り込んだ錯覚を起こしそうだ。


 またタッチすると言っても、グラス部分をいちいち触るのではない。少し遠くに浮いているその部分を指でタッチすると驚くべきことにそのまま反応してくれるのだ。宙に浮いた透明なガラスを触って操作しているみたいだな。


 これには生体電気とサーモグラフィ、赤外線センサーを組み合わせた開発会社が特許を独占している特殊な技術を用いているらしく、本人だけが操作できるという。なので横からいたずらもされる心配はなく、さまざまな点でセキュリティ上の対策が施されていることが窺える。


「おお、出てきたぞ」


 タッチしたアプリケーションは、妹が先程からやろうやろうと言っていたゲーム。




 ーーーー『聖典の壁歴』というタイトルのソフトだ。




 このゲームを使ったのも『アダマンタイマイ』シリーズの開発会社だという。"本格VRMMORPG"がウリのソフトで、プレイヤーは実際にゲームの世界に入り込み自らの身体を使って壮大な冒険を繰り広げるという。


 いわゆるフルダイブアプリケーションと言われるもので、没入感を得られやすいため最近世の中の企業たちが切磋琢磨して開発している分野だ。


 しかし開発難易度は高く、ユーザー満足度が得られるものがなかなか作れていないらしい。ラノベやアニメで見た世界はまだかまだかと人々は待ち続けていたが、このたびお膝元の企業からようやく待望の作品が登場したというわけだ。


 今はオープンβと呼ばれる状態で、完成品ではない。


 α→Cβ→Cβ2→Oβ→正式サービスインときている流れの最後のユーザーフィードバック工程である。


『アダマンタイマイ・ドライ』の初回生産特典にオープンβのプロダクトコードが付いていたのがそのまま景品として一緒についてきたのだ。


「えっと、これを入力すればいいんだな?」


「そうだよー、できる?」


「それくらいできるわ!」


 アプリのダウンロード及びインストールが完了したとのポップアップがでる。

 そしてアプリを立ち上げるといきなり一つのページが表示された。これ以上は認証しないと何も出来ないようだ。それならばと手元にあるコードを入力する。


 続いて、再びマイナンバーカードで本人確認情報を入力すると、ようやくプレイヤーサイトと呼ばれる登録者専用のページへと進めた。


 どうやらこのゲームは複数アカウントでの登録、いわゆる複垢は認められていないようだ。まあそもそも身体は一つしかないわけだし、フルダイブ型VRMMOという意識をゲームの世界に飛ばしている状態でどうやってもう一個のキャラを操作するんだという話ではあるが。


「んで、ここからどうなるんだ? スタートボタンがあるが『プレイできません』と書いてあるぞ」


 僕も何も生まれて初めてゲームをするわけでは無い。人並みにゲーム他サブカルな嗜好品は楽しんできたし、むしろオタクと呼ばれる人種に近いとすら思っているくらいだ。


 なので早速慣れた手つき(?)でゲームを始めようとするが、いくらタッチしてもグレーアウトした丸いボタンの『プレイできません』という注意書きは消えない。


「お兄ちゃん当たり前だよ、これはVRMMORPGなんだよ? ゲーム内にログインするところからもうすでに冒険は始まってるんだから! まあ現実的な話をしたら、これは誤作動防止のために両目バイザー型でしか始められないようになってるんだけどね」


 ふうーん、なるほどね。


「それじゃあ、接続しますか」


「ん、わかった」


 妹の手引きで、左目のバイザーを外し、右目のバイザーをカチリと音がするまで嵌める。そうしてようやく両目バイザー形態を拝むこととなった。


「これでいいんだな?」


「うん、有線接続はきちんとされているよね」


「えーっと、大丈夫」


 基板のような機械的な紋様がバイザーを走り、両目とも画面が使えるようになる。表示された画面には、有線接続をしめすマークと通信速度が表示されていた。


 両目バイザー型は三代目までの今のところはVR専用モードとなっている。そのためAR機能に制限がかけられており、VR用のアプリの導入画面しか表示されていない。のでまだ僕の画面には『聖典の壁歴』のアイコンひとつだけだ。


「んじゃあ、これからゲームの世界に入るね! 意識が落ちるときはちょっと怖いかもしれないけど、暴れないでよね。私も横で寝るんだから」


「えっ、横並びかよ」


「いいじゃん〜」


 妹に絆されるがまま、川の字ならぬリの字に並んでベッドに横になる。少し広めのベッドであるためそこまで窮屈ではないが、妹だというのになんとなくいい匂いがしてきてモヤモヤした気持ちになる。


 妹はいつの間に用意していたのか、有線LANを自分の『ドライ』に繋げて本当に横に寝そべってくる。


「んじゃー、入ったら案内役がいるから指示に従ってね! 私は『はじまりの広場』で待ってるから!」


「ああ、わかった、『はじまりの広場』だな」


「それじゃあ行ってみよー!」


 やけにテンション高めのユズを横目に、僕はいよいよアプリを起動する。


 すると、不思議とだんだんと眠気が襲ってきた。これ本当に大丈夫なんだろうな!? だが、抗うこともできず……いつのまにか僕は、深い眠りへと落ちていったーーーー


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