聖典の壁歴
ラムダックス
第1話
「お兄ちゃ〜ん! ゲームしよ〜!」
休日も休日。夏休み初日というのに、妹は朝から元気に声をかけてくる。というか身内とはいえ異性の部屋に勝手に入ってくるな!!
「なんだなんだ? まだ昼にもなってないぞ」
僕はそちらを見もせず、ベッドに寝転がり漫画を読みながら、その掛け声に返答する。
「だからー、ゲームしよーよ! これ!」
僕はようやくを首を横に向けると、やけにハイテンションな我が妹が何やら大きな箱を突き出していた。
「ん……アダマンタイマイ? 確かそれは----」
2030年。ようやく漫画や小説やアニメで見たような近未来らしいアレコレが流行り出した日本において、とある企業が、このAR/VR併用デバイス『アダマンタイマイ』の開発に成功した。
ARの時は某人気少年漫画に出てくるような片目バイザー型で。VRの時はインターネットと有線接続した、もう片目のバイザーをくっつけて両目を覆う横長バイザー型にして使用するのだ。
AR時は完全無線通信で、VR時は完全有線接続と分けることにより差別化を図っており、またそのどちらともにその状態でしか使用できない機能等の特色を持つことが特徴のデバイスだ。
なお、唐突に降って湧いたような技術が使われたソレは真似をできる企業がなく、ここ3年間で『アダマンタイマイ』は世界中で爆発的にヒットを記録した。
現在のバージョン3.35(一年毎にメジャーアップデートがなされている)までで百兆円近い売り上げをたたき出していると以前ニュースで目にした記憶がある。
「----そう、その『アダマンタイマイ』! しかも最新機種の『アダマンタイマイ・ドライ』なんだよ?! すごくな〜い!」
妹様はキャッキャキャッキャとはしゃぎながら如何にして手に入れたかを説明をする。
話を要約すると、商店街の1万円ごとに一つたまるスタンプを10万円分、つまりは10個貯めたら回せる豪華商品が当たるくじを回したらしい。
そしてその商品の二等であった、『アダマンタイマイ二つセット』を見事引き当てたというのだ。
因みに妹の言うドライとは、バージョンごとに毎年改良が加えられた新機種が発売されることからの名称だ。つまり今手に持っている箱に入っているのは発売開始からの三代目ということだな。
なお、システムのバージョンアップデートは機種の世代に関わらず受けられることになっており、開発者なのか誰の趣味なのかは知らないがバージョンの方は英語読み、機種の世代の名称はドイツ語読みのようだ。
「はいはいすごいすごい。でそれをどうしろって?」
「だ・か・ら、一緒にしよって言ってるんだけど!? こんなに可愛い妹が、残念どーてーのお兄ちゃんと遊んであげるって言ってるんだから景気良く返事くらいしてくれてもいいんじゃない?」
そういうと、拗ねるように口を尖らせる。
「ええー、今漫画読んでるんだが」
「ううううう」
「漫画……」
「ゆゆゆゆゆゆゆゆ」
「……」
「ふぇ……ふぇぇっ」
「あー! わかったわかった、泣くなってば。遊んでやるから!」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「っっっっわーい! お兄ちゃん大好き!」
「うおっと」
すると妹は箱を床に置くとベッドに飛び込んで僕の胸をすりすりと頬で撫で付ける。
「何してんだよ」
「いいじゃんいいじゃん、愛情表現だよっ」
「なんだそりゃ、どう反応したらいいんだよ……」
「取り敢えず私のこと好きって言ってくれたらそれでいいかな」
「はいはい、好き好き」
勿論家族としての"好き"である。
「ぬふふ〜♡」
だがいつもは生意気な妹ではあるが、こうして素直になると可愛いところもあるものだなどと感心してしまう。
「ふう……キリッ」
そして一つ鼻息を吐くと続いて何故かカッコつける妹。ホント、なにがしたいんだか。メガネもかけていないのにスチャっと直すフリなぞしなくていいから。
「んで、どう使えばいいんだよ」
もちろんテレビゲームくらいはしたことはあるが、流石にこれはまだ使ったことがない。
春に発売された最新機種だけあって手に入れること自体困難だし、そうでなくても『アダマンタイマイ』そのものかそこそこ高価(最新ゲーミングパソコンくらいはする)なのもあって親が買ってくれるはずもないし。
昔から喧嘩しないようにと(妹がお兄ちゃんとお揃いがいい! などとゴネるからでもあるが)なんでも二人分買ってくれていたため、僕か妹どちらかのを買えばこれももう一つ買う羽目になるからだ。
「はーい、今からそれを教えまーす。私はもう少し触ったから、あらかた使い方は理解したよ」
「そうなのか」
前述の通り、僕は使ったことはないにせよ、『アダマンタイマイ』が現れたことで数年で世の中は劇的に変化した。
街中にはいたるところに、このAR版、つまりは片目バイザー状態の『アダマンタイマイ』でしか見ることができない仮想広告が溢れ、いわゆる位置登録ゲーは超絶進化。
平行してVR技術も進化し、今や8K〜16K画質は当たり前。事故等は全てを『アダマンタイマイ』開発企業が責任を持つという法のもと、日夜数々の企業によりソフトウェアやアプリケーションの研究開発が進められているのだ。
そしてそのような世界事情になることを開発企業はあらかじめ見越していたのか、『アダマンタイマイ』の用途は多岐に渡るにせよ、導入自体はさして難しいものではないと聞く。
スマホが出始めた頃を思い出してくれたらいいだろう。
誰にしも何事も得手不得手はあるものだが、この手のデバイスは今や生活必需品であることからも分かるように、デジタル分野の進化というものは人間を待ってはくれないのだ。
「んじゃあ、まずはインターネットに有線接続するところからね!」
そういうと、妹は隣の自室に行きすぐに戻ってくる。
手には、先ほどこの部屋に持ってきた箱に描かれている商品見本写真と同じものを持っている。
どうやら本当にあれと同じものがこの箱にも入っているようだな。
「お前はなにをしている?」
だがちょっと待ってほしい。説明するだけならまだそれを持ってきた理由はわかる。だが愛用のブランケットとぬいぐるみまで用意しているのは何故なのだろうか? 嫌な予感しかしないぞ。
「なにって、使い方を説明するんだけど?」
「それは分かったが、その左手に備えているものはなんだと聞いているんだ」
「なにって……お兄ちゃんもご存知私の快眠セットだよ? これがなければベッドに横になっても変な感じがしてすぐに起きてしまうんだよね〜」
などとのたまう妹様。
「つまりお前は、今から僕とここで寝るというわけか?」
「そうだよ。今からやるゲームは完全没入型VRMMORPGだから。寝ないと始められない仕様ってこと!」
「いやいやいや、おかしいだろ! 向こうで寝てやればいいじゃないか!」
「え〜〜〜、そんなこと言っちゃうんだ……よよよ」
「もう泣き真似はいいから。ほら帰った帰った」
「え、でもいいの?」
「え?」
妹は、ニヤリと嫌な笑顔を浮かべる。
「遥さんと一緒に
「な、何故そこでハルの名前が!?」
妹様は年頃の女の子らしからぬ下卑た笑みを浮かべやがる。
「私のことを遥さんだと思ったら、一緒に横になれないこともないでしょ?」
「いや、でも」
「いいじゃん、私が協力してあげるっていってるんだから! それに実はね、この前あの人も『アダマンタイマイ』に興味があるみたいなこと言ってたんだよ? どうせそれを口実にお兄ちゃんとベタベタしたいだけなんだろうけど……」
後半はなぜか急激にボソボソと小さな声になったせいでよく聞こえなかったが、もしそれが本当なら確かに妹の言う通り予行練習をしておいてもいいかも知れない。
妹とはいえ、一応は女性なのだ。年齢も似たようなものだし、女性と一緒に横になる雰囲気を試しておいてもいいかも、などと流されつつある僕。
「んんんん、仕方ないなあ……んじゃ、頼もうかな……」
「はーい! じゃあユズちゃんの『アダマンタイマイ・ドライ』講座はっじまっるよー!」
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