第41話

 それからまた、私達は再びフリスビーを始めていた……。

 コツを掴んだマート、翔ちゃんも本気で投げてくる。


(疲れた〜っ、もう付いていけない……)


 朝からただ遊んでいるだけだというのに、翔ちゃんが考えたスケジュールはやはりハードだ。

 体力には自信がある方だけれど、午前中のプールでかなり消耗していたらしい。


「私、ちょっと休憩するね」


 フリスビーを抜けて、私は公園の片隅にあるベンチに座り込んだ。


「私も……」


 同じくリタイアしてきた未来ちゃんが、倒れ込むように私の隣りに座る。


 翔ちゃんとマートはそれから更に激しくフリスビーを続けていたけれど、


「俺たちも、ちょっと休もうか!」

「うん!」


 さすがに疲れたのか、もう一つあるベンチに二人同時に座った。


 ポチとバンは、相変わらずマートの傍を離れない。

 何か通じ合っているらしく、二匹ともしっぽを大きく振り続けている。


「ねぇ、マート! 地球についてのレポートは、出来上がったの?」


 ずっと気になっていたのか、未来ちゃんが母親のような視線をマートに向けた。


「うん、出来上がったよ! ルリが、図書館に連れていってくれたから、膨大なデータが集まった」


「膨大なデータ?」


 またまた、未来ちゃんの目が点になっている。


「地球人が持っている愛というエネルギーについて、図書館の本や、携帯に載っていたデータをまとめて分析したんだ」


「愛というエネルギー?」


 未来ちゃんが一生懸命に、マートの言っている事を理解しようとしている。


「親子愛、夫婦愛、師弟愛、恋愛、無償の愛……、愛には色んな種類があって、その深さや強さ、重さもさまざまで……」


 マートが、先生のように説明を始めた。


「愛? そんなの、俺には分かんねーな」


 翔ちゃんには、最初から誰も期待していない。


「確かに、愛って、種類がいっぱいなんだろうけど……。愛って、いったい、なんだろう? なんとなく分かるような、分からないような……」


 未来ちゃんが、頭を抱えだした。


「私もね、愛について色々と聞いてみたんだぁ……。でも、これっていう答えは見つからなかった……。あっ、でも、おじいちゃんは、この世界の全てだって言ってた!」


「この世界の、全て!」


 マートが、ドッキリしたような顔をした。


「なんか、瑠璃ちゃんのおじいちゃんって素敵だね……。えっ、じゃあ、マートと瑠璃ちゃんは、図書館で愛について調べてたの?」


 未来ちゃんが、マートと私を交互に見てニヤニヤと笑っている。


(えっ? なに! 未来ちゃん、なんか、疑ってる?)


「俺もさぁ、俺も、図書館に行ったよ!」


 ほとんど無言だった翔ちゃんが、急に身を乗り出してきた。


「えっ! 翔ちゃんが、図書館に?」


 思わず叫んでしまった。

 意外過ぎて、ピンとこない。


「俺は、逆に、宇宙の本を読みまくった」


「読みまくったって、10ページくらい?」


 私が茶化すと、翔ちゃんが首を横に振った。


「一冊、全部読んだよ!」


「凄いじゃない!」


「あっ、そうそう! その本に、気になることが書いてあったんだ……。宇宙人は、他の惑星の動物を研究することが許されてるって」


(えっ、それって……、私が読んだあの本? 翔ちゃんも、あの〝宇宙同盟守り隊〟を読んだんだ……)


 同じ本を読んでいたことにも驚きだけれど、同じところで衝撃を受けていることに更に驚いた。


「でも、パンドム星人は、そんなことしないよなっ。あんなの、誰かが勝手に書いてんだもんな」


 翔ちゃんが、バンの頭を撫でながら、決めつけるように言った。


「動物の研究は、必要なことだよ!」


(……えっ)


 マートの言葉に、私は一瞬、耳を疑った。


「初めて会った時、ポチやバンをパンドム星に連れて帰りたいと思ってた……。ペットとして飼われている動物は、特別だから……」


(ポチやバンをパンドム星に? そんな……、嘘でしょ!)


 翔ちゃんの顔色が変わった。


「お前、ポチやバンを、研究材料にしようとしてたのかよ!」


 今にも殴りかかりそうな勢いで、翔ちゃんがマートに怒鳴りつけている。


「なんで? 研究の、何が悪いんだよ!」


 ずっと仲の良かった翔ちゃんとマートが、鋭い目付きで睨み合っている。


(どうしたらいいの? 何か、誤解してるんだよね? マート! 違うって言って……、パンドム星人は地球の動物を研究したりしないって……)


 マートの言葉を聞いていたポチとバンが、警戒するようにマートから少し離れた。


「なんだよ! 地球人だって、動物を使って研究してるし、牛や豚を食べてるじゃないか!」


 一人だけ違うと認識したマートが、苦しそうに訴える。


(そんな……、マートはポチやバンをそんな目で見てたの? ポチは、ポチは、純粋にマートのことが大好きなのに……)


「ペットは……、違うよ! ちゃんと心があるんだから!」


 私も、マートを睨み付けていた。


「僕たちから見たら、同じことだよ! 地球人も宇宙人も、同じようなことをしてる!」


(マート、お願い! そんな酷いこと、もう言わないで!!)


 強い思いを込めて、心の声を送る。

 マートは私と目を合わせているから、聞こえているはずだ。


「結局、感情も心もない宇宙人となんか理解しあえないんだよ! お前なんか、もう友達じゃない! 瑠璃、行くぞっ!」


 翔ちゃんが、バンのリードを持って立ち上がった。


(えっ、待って、こんな形でお別れなんて……。マート、お願い! 違うって言って! ポチやバンは、研究材料なんかじゃないって!)


 もう、涙が溢れそうだ。


「早く! ポチが研究材料にされたらどうすんだよっ。星野も、こんなのに付き合ってたらさらわれるからな!」


 翔ちゃんの怒りは、もう治まらない。


(マート……。違うって、言ってくれないの?)


 マートは黙ったまま、ただ私を見つめている……。

 頼るように未来ちゃんに視線を移すと、


「大丈夫! 早く行って」


 無音でそう言っているのが分かった。


 私もポチのリードを掴んで、翔ちゃんのあとを追う……。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る