第42話

 嫌がるポチを無理矢理引っ張って、坂道を駆け下りる。

 大通りにある横断歩道で、一旦立ち止まった。

 夕焼けをバックにした信号の赤い色が、不気味な光を放っている。


「瑠璃、先に帰ってて。俺、バンとその辺一周してくるわ……」


 ここまで一言も喋らなかった翔ちゃんが、目も合わさずに言った。


「うん、分かった」


 こんなに悲しそうな翔ちゃんの顔を見るのは、始めてだ。

 マートと友達になれたことを本当に喜んでいたのに……、

 マートが地球人だったら最強の親友になれたのにって嘆いていたのに……、

 ショックが大き過ぎて気持ちの整理が付かないようだ。


 信号が青に変わり、私とポチは横断歩道を渡った。


 どうして、こんなことになってしまったのだろう……。

 やっぱり、宇宙人のマートを理解することは不可能なのだろうか……。


 マートと一緒に過ごした日々が、悲しい色に染まっていく……。


「まだ、花火やってないのにな」


 ふと呟くと、


「クゥ〜ン……」


 ポチが、悲しそうに鼻を鳴らした。


 家までの道を、ポチと一緒にトボトボと歩く……。

 門の前に、人影が見えた。


「マート……」


 マートが、公園からワープしてきたようだ。

 そのまま、私達に近付いてくる。


「ルリ! 僕は……」


「どうして……、どうしてあんな酷いこと言ったの! みんな、マートが大好きなのに……。マートと、楽しい思い出を作りたかったのに……。ねぇ、どうして……」


 マートの言葉も聞かないで、キツい言葉を投げつけてしまった。


「みんながなんで怒っているのか、僕には分からなかった……。でも、ミクに教えてもらった。ポチはルリの宝物、バンはショーの宝物だって……」


「私の声は? 何度も言葉を送ったのに、心の声、聞いてくれなかったの?」


 マートが言っている言葉が、耳に入って来ない……。

 何もかもが衝撃過ぎて、素直にマートを受け入れることが出来なくなっていた。


「心の声? ルリの心の声は……、聞こえなかった」


(えっ……、どうして?)


「酷いこと言って、ごめんなさい。ポチも、ごめんなさい」


 マートが、私とポチに真剣に謝っている。


「ワンワンッ」


 その言葉に応えるかのように、ポチがしっぽを振りながらマートに近付いていった。

 マートも、笑顔でポチに歩み寄る。


 マートがポチを抱き上げようとした時、


(ダメ!!)


 私は咄嗟に、マートの手を振り払ってポチを抱え込んでいた。

 このままポチが、パンドム星に連れていかれるような気がしてしまったからだ。


「あっ、ごめ……。マート、ごめんね!」


 すぐに謝ったけれど、マートは驚いたような苦しいような複雑な顔を見せた。


 疑ってしまった。

 ポチは私の宝物だと分かってくれたマートを、わざわざ謝りにきたマートを、私は疑ってしまった。

 反射的に出てしまった私の行動で、マートを深く傷付けてしまったのだ。


「僕が、信じられないんだね……」


「違う! そんなんじゃない!」


「信じる気持ちがなくなっちゃったから、僕にはもう、ルリの心の声が聞こえないんだ……」


(そっか……、私がマートを信じられなくなってたんだ……。翔ちゃんの言ってることが正しいと思ったから……。だから、あの時、私の心の声はマートに届いてなかったんだ……)


「ルリ! 地球のことをいっぱい教えてくれて、ありがとう。仲良くしてくれて、ショーやミクとも友達にしてくれて、本当にありがとうございます」


 マートが、深々と頭を下げた。


「そんな……、お礼を言われるようなことは、なにも……」


「ルリと過ごした全ての瞬間が、僕のウッキウキーッ! とワックワクーッ! だったよ」


 そう言って、マートは消えた……。


「えっ、マート……。マート、待って!」


 マートの悲しい笑顔が、胸に残る……。


(えっ、私が悪いの? でも、ポチやバンを研究するなんて絶対に許せない……。でも、宝物だって言ってたし……)


 頭の中が混乱していて、もうどう分析すれば良いのか分からない……。

 沈んでいく夕陽を見つめながら、私は暫くその場に立ち尽くしていた。


「あれっ、瑠璃どうしたの?」


 気が付くと、パートから帰ってきたママが後ろに居た。


「クンッ」


 悲しげに小さく鳴くポチを、ママが抱き上げている。


「花火は? みんなで花火をやるんじゃなかったの?」


「それが……、マートと喧嘩しちゃって……」


「あらっ」


「私が悪いの……」


「そっか。じゃ、明日ちゃんと謝って、仲直りした方がいいよね」


「うん」


「お夕飯に、しよっか」


「うん」


(そうしよう! 明日、マートがパンドム星に帰る前に、ちゃんと謝ろう!)


 重い気持ちを抱えたまま、私は家に入った。

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