宇宙人との別れ⑦

第38話

 予定通り、翔ちゃんが朝8時半に迎えにきた。

 市民プールまで歩いて20分。

 9時からの営業だから、無駄のないスケジュールだ。


「マート、泳げんのかなぁ?」


「泳げるって言ってたよ」


「じゃ、俺と対決だな」


 ジリジリと照り付ける太陽に背中を押されながら、翔ちゃんと並んで急ぎ足で歩く……。


 大通りに出ると、待ち構えていたマートと未来ちゃんが走り寄ってきた。


「おはよーっ!」

「おはよう!」


「ここまでは予定通り、急ごう!」


 翔ちゃんはもう、今日のスケジュールをクリアすることで頭がいっぱいのようだ。

 マートや未来ちゃんも、翔ちゃんに合わせて急いで歩きだす。


「マート、俺と対決しようぜ!」


 またまた、翔ちゃんによるマートの独占が始まった。

 私たちの存在を忘れてしまったかのように、二人でどんどん歩いていってしまう……。


「今日は、予定がいっぱいだね!」


 未来ちゃんが、嬉しそうな笑顔を私に向けていた。


「ほんと! プールでしょ、カキ氷でしょ、公園でしょ、花火でしょ……。全部、出来るかなぁ」


 淋しさを振り払うように、私は忙しそうに言ってみた。

 最後の一日。

 そのことが、頭から離れない……。


(今はまだマートが居て、マートを知っている翔ちゃんや未来ちゃんも居る……。沈んでないで、楽しまなきゃ!)


 とりあえず、悲しいことは忘れて、今を楽しもうと思った。


 あっという間に、市民会館に辿り着いていた。

 まだ人気のない女子更衣室で、スクール水着に着替える……。


 本当はもっと可愛い水着が着たかった。マートが居るからなおさらだ。

 けれども、この市民プールでは、小学生はスクール水着という決まりがあり、全てを台無しにしてしまう水泳帽まで被らなければならない。


「未来ちゃん、行こう!」


「うん!」


 同じく、スクール水着と白い水泳帽を被った未来ちゃんと一緒に、プールサイドに出る。


 消毒された、透明な水の匂い……。

 水面には、太陽が燦々さんさんと降り注ぎ、水色の底がクッキリと見えている。

 まさに、プール日和!


 翔ちゃんとマートは、既にプールの中でじゃれ合っている。

 開館と同時に入ったせいか、ほとんど貸し切り状態だ。


「ルリーッ! ミクーッ!」


 私たちに気付いたマートが、大きな声で呼んでいる。

 マートに手を振りながら、私達もゆっくりと水の中に入る。


「冷たっ」


 体温が、一気に下がっていく……。

 思わず、未来ちゃんにしがみ付いていた。


「ほんと、冷たぁい!」


 未来ちゃんも、私にしがみ付いてくる。

 少しずつ水に慣れながら、マート達に近付いていくと、スイカの形のビーチボールが私の前に飛んできた。


「行くよーっ!」


 マートに向けて、思いっきり投げ返す。


(マートが、笑ってる……。ロボットのように無表情だったマートが、私たちと同じように楽しそうに笑ってる!)


 嬉しくて、何もかもがキラキラと輝いて見えた。


「ちょっと宇山! もう少しゆるく投げてよっ」


「えっ、手加減してやってんのに」


 マートのお蔭で、翔ちゃんと未来ちゃんもすっかり仲良くなっている。


 青く光る空に、スイカのビーチボールと水しぶきがはじけて飛びまくる……。


 暫く、私たちしか居なかったプールに、親子連れが二組入ってきた。

 邪魔にならないように、若干コンパクトな円になってスイカを飛ばし続ける。


「マート、空いてるうちに対決しようぜ!」


 翔ちゃんが、挑発するようにマートを誘った。


「あぁ、いいよ!」


 マートも、自信満々の笑みで応えている。

 未来ちゃんと私はプールサイドに上がって、二人の勝負を見守ることにした。


「じゃあ、行くよーっ。ヨーイ、スタート!」


 私の掛け声で、二人が同時にスタートを切る。


「えっ……?」


 私は驚いて、未来ちゃんと顔を見合わせた……。

 マートの泳ぎ方が、変わっていたからだ。


 まるでマーメイドの尾びれのように足を器用に動かし、手はクリオネのように優雅に水を受けている。


「なに、あの泳ぎ方?」


 未来ちゃんが、私に問い掛ける。


「なぜ、あんな変な泳ぎ方なのに、あんなに早いの?」


 私がそう言った瞬間、もうゴールにタッチしていた。マートの圧勝だ。

 クロールで泳いでいた翔ちゃんも、少し遅れてゴールする。


「ハァ、ハァ、うっそだろーっ!」


 負けず嫌いの翔ちゃんが、悔しそうに空に叫んだ。


「ちょっと、マート! その泳ぎ方、教えろよ!」


 翔ちゃんが、マートの泳ぎ方をマスターしようとしている。


「私も教えて!」


 未来ちゃんも、マートの指導を求めてプールに入っていく。


(えっ、二人の気持ちがよく分からない……。だって、あの泳ぎ方、変じゃない? みんなに笑われちゃうよ)


 翔ちゃんと未来ちゃんは、似ているところがある。

 人になんと思われても平気なところだ。

 まわりの目を気にする私とは、ちょっと違う。


(まぁ、二人がそう言うなら……)


 みんなに合わせて、私もマートの泳ぎ方を暫く練習してみたけれど、ブクブクと沈んでいくだけで上達はしない。


「何が違うんだろう?」


 ずっと頑張っていた翔ちゃんも、


「じゃ、最後に、鬼ごっこやろうぜ!」


 諦めて気持ちを切り替えた。


 人が増えてきたプールの中で、私たちはキャッキャッと逃げまくる。






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