第16話

「作戦、上手くいくかなぁ……」


 ベビーソープの香りがするお風呂に浸かりながら、公園での出来事を思い出していた。


「今日は、翔ちゃんや未来ちゃんもマートと仲良くなったし、未来ちゃんが言ってたUFOの謎も解けたし……。だけど、あんまりマートと話しが出来なかったなぁ」


 お湯をチャポッ、チャポッと肩に掛けながら独り言を呟いていると、


 ピンポーン!


 静まり返った家の中に、玄関のインターホンが鳴り響いた。


(えっ、誰? パパなら、勝手に入ってくるよね……)


 時刻は、夜の9時。

 そのままのんびりとお風呂に浸かっていたけれど、突然、妙な予感が降ってきた。


(って、まさか!)


 勢いよくザバッと立ち上がり、バスタオルを巻いて急いでバスルームを出る。


 リビングでは、夕飯の後片付けをしていたママが、エプロンで手を拭きながらモニターを確認しようとしていた。


「あっ、ママ! 翔ちゃんだから、私が出る!」


 それだけ告げて、すぐに玄関に向かう。


 ドアを開けると、


(やっぱり!)


 無表情のマートが立っていた。


「分かってる! 分かってるよ! 私が呼んだからだよね!」


 すぐに気付いた。

 私が、マートのことを考えたからだ。


「ル、ルリ、大丈夫?」


 マートが、私を見て目を丸くしている。


 乱れたセミロングの髪からは水滴がポタポタと垂れ落ち、玄関も廊下もビッショビショに濡れている。


「あっ、これは……。後で説明するから、今はワープして私の部屋に行ってて! これは、特別なパターンね!」


 それだけ言って、急いでドアを閉めた。


 確かに、マートは正しい。

 玄関でインターホンを鳴らすことを教えたのは、私だ。

 時間とか、状況とか、そんな応用編までは教えていない。

 常識を教えるということは、とても難しい。


「瑠璃、大丈夫?」


 背後で、ママの声がした。


「あっ、翔ちゃんだった!」


 引きつった笑顔で振り返る。


「こんな時間に……、なんだったの?」


「あっ、あの公園で約束したことは、なんだったっけって」


 意味不明な言い訳をしていると、


「ギ、ギャン!」


 私が残してきた水滴のあとで、ポチが滑って転んだ。


「あっ、ポチごめんね!」


「全く、こんなに廊下を濡らして……、ちゃんと拭いといてね」


「クゥ〜ン、クゥ〜ン……」


 ママは、呆れたという冷たい視線を残し、濡れたポチを抱えてリビングに戻っていった。


(あーっ、びっくりしたー!)


 置いてあったモップでササッと水滴を拭いて、バスルームに戻った。


 今度はしっかりと髪や身体を拭いて、水色のTシャツと短パンに着替えてから二階に上がっていく……。


 部屋に入ると、マートはピアノの椅子に座って待っていた。


「あっ、ごめんね! お風呂に入ってたの」


「オフロ……」


「えっと、シャワーは分かる?」


「分かる! 僕たちのシェルターと同じだ」


「えっ、シェルターは寝るところじゃないの?」


「シェルターで寝ると、全身クリニーングされるんだ!」


「便利ーっ!」


「それで、何か話があったの?」


 マートが、直球で聞いてきた。


「あっ、特に何かあった訳じゃないんだけど、今日は、翔ちゃんや未来ちゃんの質問ばっかりで、マートと話が出来なかったなぁって思っちゃったの」


「僕も、ルリと話したいって思ってた」


「ほんと? なんか、嬉しい!」


「嬉しい、ウッキウキーッだね」


「うん! そう! ウッキウキーッて感じ!」


 髪を拭きながら、私もベッドに座った。














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