第11話

「さぁ、どうぞどうぞ!」


 エプロン姿のママが、マート君をダイニングテーブルに案内する。

 驚き過ぎて疲れたのか、ポチはリビングの隅にある自分の部屋でスヤスヤと眠っていた。


 マート君と並んで席に着こうとすると、


「ハ、ハロー!」


 先に座ってビールを呑んでいたおじいちゃんが、いきなり立ち上がった。

 座り掛けていたマート君も、また、立ち上がる。


「マ、マイネームイズ、アマミヤおじいちゃん!」


 おじいちゃんがマート君に、丁寧に挨拶をしている。


 うちのおじいちゃんは、とても面白い! そして、子供にでも礼儀正しい。


「アマミヤ、おじいちゃん……」


 圧倒されながらも、マート君がそのまま繰り返している。


「おじいちゃん! 日本語で、大丈夫。私の友達のマートだよ!」


 再び、親しい友達だとアピールする。


「あっ、日本語、通じるの! それはそれは……。えーっと、マート君、こんなむさ苦しいところにようこそ!」


「ありがとうございます!」


 応えに困っているようではあるが、マート君も丁寧に頭を下げている。


「さぁ、たくさん食べてね!」


「あっ、お箸じゃなくてフォークの方が食べやすいよね?」


 ママとおばあちゃんが、マート君のお皿にサラダを盛り付けたり、お味噌汁を運んできたり、

 代わる代わるで世話を妬いている。


 意外に、大丈夫そうな気がしてきた……。

 少しだけ安心して、私もいつものように食事を始める……。


「とても、たんぱくな味ですね」


 マート君が、満足そうにハンバーグを噛みしめている。


(ち、違う! それは、違う! 美味しいという言葉も、教えておけば良かったーっ)


「そうそう! 肉はタンパク質だからね〜。丈夫な身体になるから、たくさん食べなさい」


 噛み合っているのか、合っていないのか、おじいちゃんの言葉で、マート君の言葉にも違和感がなくなる。


「だけど、本当にカッコイイわね! ご両親はどちらの方なの?」


 またまた、ママがハードルを上げてきた。


「ブッ……、ロシアだよね!」


 吹きだしそうになりながらも、マート君の代わりに私が応える。


「やっぱりーっ!! ママ、ロシア人じゃないかと思ってた!」


「ほんと、美形だね〜」


 おばあちゃんも、見惚れている。


「うちの瑠璃も、町一番の美人だからねーっ。えーっと、いつもテレビに出てくるあの女優さんに似てるだよね〜。あれ〜っ、名前なんだっけな〜?」


 お酒が進み、おじいちゃんがご機嫌になってきた。


(いつも、その女優さんの名前スラッと言ってるじゃない! おじいちゃん、思い出してよ!)


「ルリは、美人です!」


(えっ……)


 マート君の言葉に、またまたドキッとしてしまった。


 食卓に居る三人が、ニタニタと笑いながら私を見ている。


 嬉しいけれど、かなり気まずい……。


「あっ、日本語、完全じゃないから!」


 訂正するようにそう言ってから、私は考えた。


(マート君……。美人って、意味分かって言ってるの? それとも、単なる繰り返し言葉?)


 マート君は、私の心の声など気にせずに、白いご飯をパクパクと頬張っている。

 私も気を取り直して、食べ始めた。


(……えっ?)


 玄関のドアが開く音が聞こえてきた。

 ようやく落ち着いたというのに、新たなる試練の気配が……。

 

「ただいま」


(パパ? パパなの? なんでなんで、どうして? いつも、私が寝る頃に帰ってくるのに……)


「あら、おかえりなさい! 今日は早かったのね」


「外回りだったから、直接帰ってきた」


 パパとママの会話が聞こえてくる。


(なぜ? 直接、帰ってきちゃうの……)


 リビングに入ってきたパパが、マート君を二度見した。


「どなた?」


「あっ、マート、マート! 私の友達なの!」


 思わず、私からパパに紹介していた。


 証券会社に勤めているパパは、真面目でとにかく頭が固い。

 マート君についても、自分が納得するまで色々と聞いてくるに違いない……。


(もうダメ、最悪な展開……)


 絶望感で、気が遠くなっていく……。

 再び、圏外に居るおじいちゃんが立ち上がった。


「この方を、どなたと心得る! ロシア連邦国のご子息、マート君であらされるぞ!」


 なんだかもう、メチャクチャだ。


 でも、今は、このチャランポランなおじいちゃんの存在がとてもありがたい。


「おじいさん、呑み過ぎですよ!」


 おばあちゃんが、おじいちゃんを部屋に連行しようとしている。


(えっ、2人が居なくなったら、このテーブルに、パパとママとマート君……。無理無理っ、絶対に無理!)


「そうだな! ちょっと、呑み過ぎたかな!」


 おじいちゃんが、珍しく素直に退散しようとしている。


「おばあちゃん、もうちょっといいんじゃない?」


 すがるような目でおばあちゃんを見つめたけれど、


「今日は楽しかった〜。マート君、ありがとう!」


 おじいちゃんはまたまた丁寧に会釈をして、おばあちゃんと一緒に部屋に戻っていってしまった。


(あっ、そうだ! この流れに乗って、私たちも退散しよう!)


「マートも、そろそろ帰るよね? ねっ!」


 席を立って、強い目力でマート君を見つめる。


「う、うん。ありがとうございます!」


 今度は素直に、マート君も立ち上がった。













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