第10話

「ルリ! これは、脱がなくていいの?」


 部屋に入るとすぐに、マート君がグレーのTシャツを脱ごうとした。


「えっ!」


 初めて名前を呼ばれたことと、胸の辺りまで捲っているいきなりの露出に、激しく動揺してしまう……。


「あっ! いいの、いいの! 洋服は脱がなくていいから! っていうか、脱いじゃダメだから!!」


(あ〜、びっくりした〜……。だけど、名前を呼ばれただけで、どうしてこんなにドキドキしちゃうんだろう?)


「ドキドキ?」


「わっ、わっ、わっ! なんでもない、なんでもない!」


(ダメ、ダメ! そういうこと、考えちゃダメ! 私は今、何も考えてません……)


 マート君が首を傾げながら、再びピアノの椅子に座っている。

 私も愛想笑いをしながら、ベッドに腰を下ろした……。


 ポチは、もう上がってこない。

 きっと、おばあちゃんから何か食べ物を貰っているのだろう。


「マート君! アイス溶けちゃうから、食べよ!」


「アイス? うん、食べる!」


 マート君が、警戒しながら箱を開ける。チョコレートがコーティングされているアイスを、じっくりと眺めてから口に入れた。


「冷たい!」


 味というより、その冷たさに驚いているようだ。


 私も同じように、大好きなアイスを一つ頬張る。

 しかし、いつものように味わうことができない……。


 宇宙人と一緒にアイスを食べるというこのありえない状況に、味覚障害が起きているらしい。


 そのあと、マート君に教科書やノートを見せながら、学校について話した……。


「学校は、良いね。勉強も出来るし、友達とも遊べる……」


「めんどくさい時もあるけどね……。あれっ、パンドム星に学校はないの?」


「ルリが行っているような学校はないけれど、勉強を教えてくれる先生のような人はいるよ」


「そうなんだぁ……。学校はないのに、先生は居るんだぁ」


 宇宙人と、学校について語り合うという妙な時間……。

 なぜか、親しい友達と過ごしているようで、穏やかな気分になる……。


 気が付くと、窓の向こうは薄暗くなっていた。

 静かだった一階も、ガヤガヤと騒つき始めている。ママとおじいちゃんが、帰ってきたようだ。


 二階へと上がってくるスリッパの音が聞こえてきた。


(この足音は、ママだ!)


 コンコン! とドアを叩いてから、すぐにドアが開いた。


「こんばんは、マート君!」


 おばあちゃんから聞いているようで、馴れ馴れしく名前を呼んでいる。


「こんばんは!」


 マート君が、ママに会釈をしている。

 挨拶は出来るようだ。


「瑠璃、そろそろ夕飯よ! 今日はハンバーグだから、良かったら、マート君も一緒にどうぞ」


(えっ! ママは、なんということを言いだすのだろう。うちの食卓に、宇宙人のマート君が参加するなんて……)


「あっ、ママ! マートは、自分のおうちで夕飯食べるから……」


「あっ、お願いします」


 私の言葉に、マート君が被せてきた。


「えっ、もう帰った方がいいんじゃない?」


 目で帰宅するように訴えてみたが、


「ハンバーグ、食べます!」


 マート君はそう言い切った。


「良かった! じゃ、下で待ってるわね〜」


 ママが、張り切って部屋を出ていく……。


(えっ、ちょっと、待って!)


 もう、頭の中で大パニックが起きている。


(マート君は、宇宙人! そんな事を言ったら、みんな驚いて死んじゃうよーっ! もーっ、どうしたらいいの? 大変なことになっちゃった〜)


「タイヘン?」


 マート君が、私の顔を覗き込んでいる。


「瑠璃ーーっ! 早く、お友達と下りて来なさーいっ」


 いつもより気取った声で、おばあちゃんが下から呼んでいる。


「ルリ! 皆さんが呼んでいるよ」


「そうだね……」


 もう、逃げ場がない。


(こうなったら、友達で通すしかない!)


「マート君! 返事に困った時は、とにかく〝ありがとうございます〟って言って」


「ありがとうございます!」


「そうそう! ありがとうございますは万国共通だから、あっ、言葉は違うか……。でも、だいたい、その言葉で乗り切れるから!」


「分かった!」


(本当に、分かってるのかなぁ……)

















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