第9話

 マート君が消えたあと、私はベッドに座ったまま暫く考え込んでいた。

 ポチも、ピアノの椅子周辺の匂いをクンクンと嗅ぎまくっている。


(非常識って言ったから、怒っちゃったのかなぁ……。玄関からやり直そうって、言っただけなのに……)


「あれっ、玄関?」


 まさかと思いながら階段を駆け下りて、玄関のドアを開けてみた。


「あっ! マッ……」


「ギャンッ!」


 後ろに付いてきていたポチも、衝撃を受けている。


 玄関のポーチに、またまたマート君が澄まして立っていた。


「ま、まさか、またワープとかしたの?」


「うん。家の入り口が玄関だということは、知っていたから……」


(そうだよね……。マート君は宇宙人なんだから、予測出来ないことが起きても不思議じゃないよね……)


 とりあえず色々と考えることを止めて、地球の常識? あれっ、日本の常識を教えてあげることにした。


「まず、このインターホンをピンポーンと鳴らすでしょ!」


「ピンポーンと鳴らす」


 マート君が、またレコーダーに吹き込んでいる。


「そしたら、家の中の人が、どちら様ですか? って聞くから、マート君です! って、応えるの」


「マート君です! って、応える」


「それで、家の中の人が、どうぞ! って言ったら、ドアを開けて入って、ここで靴を脱ぐの」


 そう言ってから、ちょっと考えた。


(足は、どうなってるんだろう? 一応、人間の姿だけれど、足だけ爬虫はちゅう類だったりして……)


 恐る恐る、スニーカーを脱いだマート君の足に視線を送った。


 とりあえず、黒い靴下のようなものを履いていて、足そのものは見えていない。


「そしたら、家の中ではこれを履くの」


 ホッとしながら、スリッパをマート君の足元に置いていると、


いきなり玄関のドアが開いた。


「あっ、おっ、おばあちゃん!」


 おばあちゃんが目を丸くしながら、


「あら、どちら様?」


 と、マート君に聞いた。


「マート君です!」


(プッ、マート君って……。なんで、自分に〝君〟とか付けてるの?)


 思わず笑いがこみ上げてくる。


(あっ、さっき、私が教えたからだ!)


 すぐに自分の失敗に気付き、慌てておばあちゃんとマート君の中に割って入る。


「あっ、マート、マート! 私の友達のマート!」


 とりあえず、親しげに紹介してみた。


「わぁ〜、瑠璃に、こんなイケメンのお友達が居たの〜」


 おばあちゃんはにっこりと笑いながら、買ってきたアイスを〝どうぞ!〟と言ってマート君に手渡した。


 マート君が、アイスをじっと見つめている……。


(正直に話した方がいいのかなぁ……。だけど、おばあちゃんに、マート君は宇宙人だなんて言ったら、きっと驚いて腰抜かしちゃうよ!)


 おばあちゃんが、マート君を不思議そうに見つめている。


(とにかく、一旦、部屋に戻ろう!)


 私もアイスを受け取り、


「おばあちゃん、ありがと!」


 そう言いながら、マート君の腕を引っ張って、急いで二階に上がっていく……。

 履き慣れていないせいか、マート君はスリッパを何回も落としていた。


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