02 大賢者は、何より己の食欲を満たしたいだけなんだ

「村長はんの頼みとあらば聞かんわけにはいきまへんなあ。どないなことでっしゃろ?」


 人に頼られるのが大好きなおかんが尋ねると、村長兼校長はしわの奥深くに埋もれた眼光をにわかに鋭くした。


「実は、魔王城の移転先がこの村の近郊と決まってからというもの、村の周辺でモンスターの出現率が高まっとるのです。恐らく、魔王城の建設予定地に地固めとして魔気が注入され、それを好むモンスターが集まってくるのでしょう。これまで我が村はモンスターとある程度の距離を取って暮らしてこられましたが、ここ数ヶ月は家畜や農作物への被害が増えてきました。このままではモンスターの数がさらに増え、被害が拡大するばかりか、人が襲われることも増えるでしょう」


 村長の話を聞いた俺達の間に、重苦しい空気が淀む。




 魔王城の移転は一年後だとしても、村にはすてにその影響が出始めている。


 リーナの、そしてこの村の救世主たらんとしている俺達は、一年後さえ上手くやればいいという話じゃない。


 一年後を見据えながら、すでに起こり始めているトラブルを、現在進行形で対処していかなくてはならないんだ。




「村周辺に出没するモンスターが増えているのは知っていたが……それについては、ギルドを通して冒険者に討伐を依頼していくことになっているのでは?」


 リーナがそう尋ねると、村長は大きく頷いた後に、顔のしわをいっそう深くした。


「そうなんじゃが……これ以上モンスターの数が増えると、この村のギルドの登録者数では到底捌ききれんのじゃ。ただでさえ、モンスター狩りのクエストは危険度が高い割に報酬が少なく、敬遠される傾向にある。報酬を上げれば村の財政が立ち行かなくなるし、王都から離れた辺境の村では、新たな冒険者を集めるのも難しくてのう」


「なるほどな。ほんで、村長はんとしては、大賢者のウチに知恵を貸してほしいっちゅうことですな」


 臆面もなく大賢者を自称したおかんが、もっともらしく頷いた。


「はい。ご母堂にはぜひ役場の対策会議にオブザーバーとして出席していただき、斬新な視点からご意見をいただきたいのですじゃ」


「村の歳費で食わしてもろうとる身としては、断る理由はないわな。ただ、うちらにとってはクエストも大事やから、会議のスケジュールは考慮してもらわんといかんけど」


「もちろん、ユウト君が魔王討伐に挑むために、クエストを積極的にこなさねばならんことは重々承知しとります。ですから、ご母堂には、クエストの合間にお知恵を貸してただければありがたい」




 いや、村長兼校長。


 おかんがクエストを優先させたい理由は、俺を認定勇者にするためなんかじゃない。


 クエスト=グルメパーティと勘違いしてるおかんは、何より己の食欲を満たしたいだけなんだ。




 そう訂正しようと口を開きかけた俺だったが、交渉成立とばかりにがっちりと握手を交わすおかんと村長を見て、余計なことは言うまいと口をつぐんだ。




 そういうわけで、結局校長室でのやり取りは、俺の入学式というよりもおかんのオブザーバー任命式になってしまった。



 ☆



「じゃあ、俺はこの後ショーナ文字習得の補講を受けてくる。リーナとおかんは先に戻っていてくれていいから」


 校長室を出ると、俺は二人にそう告げた。


「わかった。私はおばあちゃんに頼まれた食材を買って帰るとしよう」


 リーナがそう言う横で、おかんは思い立ったようにぽん、と手を打った。


「ほんなら、おかあちゃんは今からレンちゃんとこに行ってくるわ。異世界版エコバッグの開発顧問として、顧問料がっぽりいただく予定やからな」


 そう言えば、フルーツ狩りでおかんが使っていたエコバッグにレンが興味を示し、実家の魔道具屋で類似品を開発したいって言ってたんだよな。


「せや! あと、服屋のミュシカんとこもいかなあかんねん。新しい服のデザインを打ち合わせる約束しとったん、すっかり忘れとったわ!」


 ミュシカって、そのハルマイト族の大賢者の出で立ち(サーベルベアーの毛皮のマントに爬虫類の皮製のスパッツ)をおかんに勧めた、あの服屋の店員のことか。


 信じられないことに、あの人おかんのファッションセンスに共鳴して大盛り上がりだったからな。



 ってか、おかん、公認勇者を目指す俺よりも明らかにタイトスケジュールだぞ。


 なんだか既にこの村の大賢者として活躍しているような勢いだ。




「ほな後でな~!」


 慌ただしく手を振りながら、廊下の奥へと消えていくおかんを見送ると、俺とリーナは顔を見合わせて苦笑いした。




「同じパーティの仲間として、大賢者の活躍には負けていられないな」


「そうだな。さしあたって俺はショーナ文字を一日も早くマスターして、勇者としての知識を身につけられるよう努力するよ」


「私も買い物が終わったら次のクエストに向けて弓の練習をしておこうと思う。お互いオカンさんに負けないように頑張ろう!」


 リーナもまた笑顔で手を振り、廊下を歩いていく。




 アラフィフ(本人は認めようとしないが)のおかんが、モチベーションはともかくとして、あれだけ精力的に動いているんだ。


 息子の俺が負けるわけはいかないな。



 俺も改めて気合いを入れ直すと、村長兼校長に教わった補講用の教室を目指して歩み始めたのだった。


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