第四章 異世界魔法道具開発 with おかん

01 半モンスターの出で立ちのどこが一張羅なのか

 俺は明くる日の〈水の奉仕日〉に、パウバルマリ村立勇者養成学校の門をくぐることになった。


 ショーナ地方に三つあるという勇者養成学校のうちの一つで、入学は随時。

〈太陽の休息日〉を除く六つの曜日ごとに、勇者学、基礎魔法、生物学、剣術、地政学、心理学の講義が開かれていて、各課程は五つのカリキュラムに分かれている。


 各課程を修了するごとに試験があり、六つの試験すべてに合格することが、ショーナ地方の勇者として王都の公式認定を受けられる要件の一つとなる。


 認定を受けなくても、今の俺のように勇者としてギルドに登録し、クエストに参加することは可能だ。

 ただし、公式勇者になれば☆五つのクエストへの参加資格が得られ、魔王討伐の命を正式に授かることもできるとのこと。


 リーナを守るため、この村近郊への城の移転を目論む魔王を迎え撃とうとしている俺にとって、勇者養成学校でその資格を得ることは必須なのだ。


 毎日通学できれば最短で二ヶ月もかからない計算になるが、実際にはそうもいかない。


 実地訓練としてクエストをこなして経験を積むことも必要であり、クエスト遂行で獲得した☆が百を越えることが、公式勇者と認定されるもう一つの要件となるからだ。


 クエストと学校を並行してこなしていくことを考えると、半年くらいはかかるだろうというのがリーナの見立てだった。




 ──というわけで、新たなクエストに向かう前に、今日と明日の二日間は勇者養成学校へと通うことになったんだが。




「まったく、なんでおかんがついてくるんだよ……」




 例のごとくサーベルベアーの毛皮を頭から被り、満面の笑みを浮かべて隣を歩くおかんを横目に見つつ、俺はため息混じりにそうぼやいた。


「そらあんた、一人息子の晴れの舞台やもん。ユウ君関連のセレモニーには皆勤賞なんがおかあちゃんの自慢やからな。今日もしっかり見守らせてもらうで」


 俺関連のセレモニー皆勤賞か……。


 そういや入学式や卒業式といったセレモニーは当然のことながら、小学校で校内作文コンクールの金賞を取った時の表彰式(といっても朝礼の中でさらっと行われたものだが)にも、どこから聞きつけたのかおかんがやってきて、担任の先生の横で拍手してたっけ。




「入学式といっても、生徒は随時入学してくるから大がかりなものじゃない。校長室に通されて、校長から激励の言葉をもらうくらいのことだろう」


 俺とおかんの前を歩くリーナが振り返ってそう告げた。


 そんなあっさりしたものだとしたら、おかん同伴なんて余計にみっともないよなあ。


 どうやっておかんを引き返させようかと考えあぐねているうちに、俺達は村役場の向かいにある村立勇者養成学校の門へと着いた。




「へえ。結構立派な建物だな」


「王都公認の勇者を育てる重要機関だからな。村立とはいっても、王都からの補助金が下りていて、設備も充実しているんだ」


「ほええ。こじんまりした入学式とは言え、一張羅で来といてよかったわあ」


 半モンスターの出で立ちのどこが一張羅なのかとツッコミたかったが、門番には拍子抜けするほどあっさりと通行の許可をもらうことができ、俺達は校舎の中へと入った。


〈水の奉仕日〉の今日は、確か生物学の講義の日だったか。

 今日から入学する俺は、まずはショーナ文字の読み書きから教わる予定だから、今日の講義には参加できないが、通りかかった教室の中を興味本位で覗いてみた。


 大学の小講義室みたいな空間で、五、六人の若者が講義を受けている。

 いかにも教師然とした白衣姿のじいさんが、黒板に魔物らしき生物の絵を描き、その生態や弱点などを教えているようだ。


 なるほど、敵と対峙するためには、相手のことをよく知る必要があるからな。

 こういう知識を得ておけば、いざ戦うときに戦術を練りやすいに違いない。




 門番に聞いたとおり、俺達は二階の一番奥の部屋を目指し、赤いカーペットの敷かれた廊下を歩いた。


「ここが校長室だ」


 リーナが俺達にそう告げると、一呼吸おいてからおもむろに扉をノックした。


 重厚な意匠の扉の奥から「どうぞ」という声がして、ゆっくりと扉を開ける。


 村役場の村長室にあったような、やたらと大きな机の向こうに座っていた人物が立ち上がった。


「そ、村長っ!? どうしてここに!?」


 干からびたのかと思うくらいしわくちゃで小柄なじいさんは、俺とおかんがこの村に着いた日に会った人物だ。


 思わず大きな声を出すと、しわくちゃのじいさんは口元をぱかっと開けて、ほっほっと笑い声を立てた。


「ユウト君、入学おめでとう。ここの校長は村長と兼任での。お前さんが来るのを楽しみに待っとったんじゃよ」


「そりゃどうも」


「遥か彼方のニホンからやって来た君には、救世主としての活躍を期待しておる。ここで学べる知識を活かして、魔王討伐に向けて鍛錬を積んでもらいたい」


「まあ、やれるだけのことはやってみるつもりです」


 微妙な意気込みを表明した俺に、村長兼校長は満足そうに頷くと、おかんの方を見た。


「あなたはユウト君のご母堂でしたな。ハルマイトの大賢者の出で立ちとは、より一層の威厳が出ましたな」


「ああ、これ、ええやろ。うちの一張羅やで」


「ギルドの職員から話は聞きましたぞ。クエストでの成果物として、あなたのアイデアで絶品料理が提供されたとか」


「せっかく提出すんなら、後処理でただ捨てるだけやのうて、美味しく食べられた方がええと思てな。好評だったみたいでよかったわ」


「ここであなたに会えるとは好都合じゃ。実はあなたに折り入ってお願いがありましてな」


 白いあごひげを撫で回しながら、村長兼校長がにっこりと微笑む。


 しわに埋もれたその眼差しは、賢者としてのおかんを前に、多大なる期待が込められているようだった。

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