13 俺の眼差しは色欲にまみれているのか
「おばあちゃん、ただいま!」
クエストから村に戻ったその足でギルドへ向かった俺達。
クエストの手続き諸々が終わり、ようやくエベリ婆さんの営む宿屋に戻ると、リーナが大きな声を掛けながら扉を開けた。
「おやおや、おかえり。ずいぶん早かったねえ。卵は買ってきてくれたのかい?」
二泊三日で吸血コウモリ駆除のクエストに行っていた俺達を、エベリ婆さんは近所の買い物に出かけていたのだと思い込んでいるらしい。
「おばあちゃん、私達は買い物ではなくクエストに──」
苦笑いで訂正しようとしたリーナをおかんが手のひらで制し、代わりにニタリとエベリ婆さんに笑いかける。
「いややわー。おばあちゃんがうちらに頼んだのは、季節のフルーツとコウモリ肉やろ? ちゃあんとゲットしてきたさかい、安心してやー」
「ああ、そうじゃったかいねえ。今日の夕食に間に合えば、肉でも卵でもどっちでもええんじゃよ」
「ほなうちも手伝うで! 着替えてくるから待っとってなー」
おかんはそう告げると、旅の疲れも見せずに二階の自室へと上がっていった。
二泊三日のクエストとは言っても、吸血コウモリの駆除に費やしたのは半日ほど。
行きも帰りも乗り合い馬車(だったのは俺とリーナの二人で、おかんは帰りもレンの家の成金馬車に乗っていた)の移動だったし、レンのわがままで宿は高級だったし、おまけに昨日は夜までコウモリ料理のグルメパーティで盛り上がっていたから、疲れという疲れを感じていないのは確かだ。
だが、それにしたって、戻ってすぐに厨房に立とうとするおかんのバイタリティには感心する。
昨日のグルメパーティの間だって、調理のために目まぐるしく動き回っていたし。
世のおかんっていうのは、家族に美味しいご飯を食べさせるため、日々疲れをおして台所に立つのが当たり前になっているのかもしれない。
今回のクエスト報酬が入ったら、おかんにスイーツでも買ってやろうかな。
半モンスター姿のおかんの後ろ姿を見送りつつそんなことを考えていると、リーナがぽん、と俺の肩を叩いた。
「ユウト、初クエストも無事に完了したことだし、この先の予定について話がしたい。我々も着替えたら食堂で待ち合わせることにしよう」
「ああ、わかった」
リーナとそう示し合わせて、俺はおかんの部屋の隣にあてがわれた自室に一旦戻ることにした。
☆
部屋着向きのゆったりした服に着替えて食堂に下りると、若草色のワンピースに着替えたリーナが二人分のシビ茶を淹れていた。
クエスト中は戦士の出で立ちである鋼の胴当てを纏い、凛とした強さを見せていたリーナ。
その姿も美しいけれど、こんな町娘風の素朴な服も新鮮でいいな。
無意識のうちにリーナをガン見していたのか、顔を上げたリーナの頬がみるみる赤く染まっていく。
「……なんだ、ユウト。色欲にまみれた眼差しで私を見つめて。早速今夜ククシーを使ってみたくなったのか?」
「色欲にもまみれてねえし、そんなん使うつもりもねえからっ!!」
大量ゲットした
即座に否定したのが面白くなかったのか、口を尖らせたリーナだったが、テーブルに置かれた二つのカップにシビ茶を注ぐと、おもむろに話を切り出した。
「ユウト、まずは初クエストの成功おめでとう。おかんさんの機転のおかげでライバルを振り切り、なかなかに上手くいったと思う」
「そうだな。覚悟していたよりも楽に事が運んだように思わなくもないが……」
「初めからハードルを高くして挫折を味わってしまっては、変な恐怖心が植え付けられて、その後のステップアップも上手くいかなくなったりするのだ。焦らずに成功体験を積み上げていくことは、初期の段階では特に重要だことだと思う」
リーナの主張に深く頷きながら、俺は彼女が淹れてくれたシビ茶を口に含んだ。
コーヒーのような深いコクがありながらも緑茶のような色をした不思議な飲み物だが、リラックス効果抜群の飲み物だ。
俺に続いてリーナもカップを口に運び、さらに言葉を続けた。
「そうやって実地訓練としてクエストをこなしていくことももちろん大事だが、ユウトには村長の勧めでもある勇者養成学校にも通ってもらわなくてはならない。すでに入学の手続きはすんでいるから、クエストと並行して通う必要がある」
「入学は随時だったっけか? 次のクエストも決まってるが、おかんの根回しのおかげで、ライバルに先を越される心配はないからな。勇者養成学校には今のタイミングで通い始めてもいいかもしれない」
「そうだな。養成学校で教わる基礎魔法などはクエストにも役立つし、一年後の魔王城移転を見据えたら、そうのんびりもしていられない。早速明日行ってみることにしよう」
リーナの説明によると、勇者養成学校は曜日ごとにカリキュラムが決まっていて、各曜日のカリキュラムを五回受講することで修了試験を受けることができるとのこと。
〈太陽の休息日〉以外は授業があるからいつでも始められて、クエストなどと兼ね合いをつけながら通うことができる。
クエストもこなしつつ、勇者養成学校に通うとなると、俺の異世界ライフもかなり目まぐるしくなることだろう。
本当だったら、今頃は現代日本で就活に忙しく動き回っている頃だっただろうし、もしかしたらすでに内定の一つくらいは貰えていたかもしれない。
そう考えるとなんとも複雑な思いがして、口に含んだシビ茶のほろ苦さが増したようにも感じるのだった。
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