12 怪獣おかん、ギルド職員を懐柔する!?
「……これがクエストの成果物なんですか?」
パウバルマリ村の冒険者ギルドの二番窓口を受け持つエマという女性は、細い眉をぴきっと歪めて、おかんの差し出したブツを凝視した。
「せや。正真正銘、吸血コウモリの羽根やで?」
「ええ、まあ、確かにコウモリの羽ではありますが。それがどうしてお皿の上にのってるんです?」
「そんなん、食べるために決まっとるやん」
「どうしてクエストの成果物を食べなくてははらないのです?」
「そんなん、美味いからに決まっとるやん」
カウンターにのせられた皿には、こんもりと盛られた吸血コウモリの羽せんべい。
それを挟んで微妙に噛み合わないやり取りを繰り返すエマとおかん。
前髪や後れ毛までもぴっちりと後ろに集めてひとまとめにしたエマには、サーベルベアーの毛皮を頭から被った目の前の
「とにかく、クエストの成果物をこんな風にお皿に盛られても困ります。クエストの遂行を認めるためには、群れの半数にあたる二百五十匹以上の吸血コウモリの羽が必要なんです」
針金みたいに固そうな眉毛を釣り上げたエマには、取りつく島もなさそうだ。
なのにおかんときたら、取りつく島がなければ強行突破すればいいという勢いで、皿をずいっと押しつけた。
「コウモリの羽せんべいかて、ざっと三百匹分はあるで。ギルドの皆さんで食べながら数えたらええやんか。あまりに美味くてうっかり食べ尽くしそうになったんを、なんとか踏みとどまって持ってきたんやからな」
おかんはそう言うと、エマの頭越しにギルドの事務所を覗き、「ひい、ふう、みい……」と職員の頭数を数えだした。
「ここには十人おるさかい、一人二十五匹ずつ食えたら、うちらのクエストが成功したっちゅう証明になるやろ。ユウ君、リーナちゃん、レンちゃん、職員の皆さんにお配りしてやー!」
「は、はいっ」
おかんの指示を受け、俺達は袋に入れた羽せんべいを皿に盛り、ギルドの皆さんに配り始めた。
ギルド職員の面々は、吸血コウモリの羽せんべいを前にして、香ばしい匂いに興味を示したり、眉をひそめて首を振ったりと様々な反応だ。
怖いもの知らずの一人が、興味津々に羽せんべいを口に運び、パリッと軽快な音を立ててかじり出す。
「うわ、なんだこれ!? めちゃくちゃ美味いぞ!」
そう声を上げてから夢中で貪り始めた様子を見て、一人、また一人、と羽せんべいに齧りつく。
そんな中、エマも針金みたいな眉を思いっきりひそめつつも、指先で羽せんべいをつまみ上げた。
「エマさん、そうしげしげと観察するより、騙されたと思って齧りついてしまえばいい。本当にとまらなくなるくらいに美味しいんだから」
「そうだよ。超美食家の僕が保証する! 見た目のグロさやエグさが嘘みたいに美味しいよ!」
顔見知りのリーナやレンに勧められ、エマがとうとう恐る恐る羽せんべいを口に運んだ。
目をつむり、咀嚼を繰り返す表情から徐々に険が取れていく。
「クエストの成果物をこのような形で受け取るのは前代未聞ですけれど……まあ、悪くはない提出形態ですね」
「せやろ? 現地から持ち帰るまでに傷みもせんし、胃袋に片付けてしまえば後も楽チンや。それに何より美味い。一石二鳥どころか、一石三鳥にも四鳥にもなっとるんやで!」
サーベルベアーの頭を揺らして、がっはっはと笑うおかん。
通じ合うことはないと思っていたお堅いエマが、そんなおかんにつられて口元を綻ばせたのだった。
☆
「……しかし、ハルマイト族の大賢者の出で立ちをしているだけあって、オカンさんの発想は斬新かつ合理的ですね。我々ギルド側としても、成果物の提出形態について改善の余地があると気づかされました」
クエストの遂行証明と報酬の受け渡しに関する書類を整えたエマが、
俺達が提出したクエストの成果物である吸血コウモリの羽、しめて三百二十五匹分を食することで確認したギルド職員達。
さすがに食べきれず、その場に居合わせた冒険者達にも振舞ったのだが、皆初めは抵抗感を抱きつつも、最後の一枚まで争うようにして平らげていた。
「成果物がこないな形で受け取れるんなら、ギルドの皆さんの仕事も楽しくなるやろ?」
ニヤリと微笑むおかんは、そう言ってから辺りを見回し、カウンターに身を乗り出してエマに耳打ちした。
「なあ、エマちゃん。そういうことで、うちらは次のクエストもグルメパーテーにしたいと思てんねん。何やぴったりのクエストがあったら、うちらに回してくれへん?」
「ちょ、おかん! エマさんに何頼んでんだよ!?」
ギルドっていうのは、管轄区域内で寄せられた依頼を取りまとめ、冒険者に対して平等に情報を提供する職業組合だ。
こんな
「そういうことでしたら、依頼が入ったばかりの未公開情報をこっそり教えます!」
……って、簡単にリークしてもらえちゃったよ!?
エマさん、お堅いキャリアウーマンかと思いきや、意外と融通がきく人だった。
てか、俺らだけに情報を横流しして本当に大丈夫なのかよ。
「難易度は☆三つついてますが、リーナがいれば楽勝と思われるクエストです。一部のジビエ愛好家に人気のモンスターが複数現れる森で、モンスター狩りをするというものなんですが、いかがでしょう?」
「食材として有望なモンスターがぎょうさんおるっちゅうことやな? ほな、次のグルメパーテーはそれで決まりや! エマちゃん、それライバルには教えんとってな!」
「わかりました。クエストの掲示リストには加えませんのでご安心を」
エマさんはすまし顔でそう答えると、俺達のパーティをさっさとクエスト挑戦者として登録してくれた。
おかげでライバルに先を越される心配のない俺達は、帰宅して旅の疲れをゆっくり癒すことにしたのである。
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