11 おかんのそれは “てへぺろ” ではない

 酒場の大将が厨房から運んできた皿には、薄っぺらくて真っ黒な何かがこんもりと盛られていた。


「お待ちどう! コウモリの羽せんべいだよ」


「げっ、コウモリの羽!?」


 ぎょっとして皿の上をよく見てみると、確かにチップスみたいな薄いせんべいはコウモリの羽の形をしていて、上辺に細い前足がくっついている。


 原型をしっかり留めているあたり、唐揚げやグリルよりもハードルの高い一品だ。


 先陣を切ってコウモリ料理を堪能していた俺だったが、さすがにこの見た目では皿に手を伸ばすのが躊躇われる。


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、大将にこの羽せんべいの調理を依頼したというおかんが自慢げに語り出した。


「吸血コウモリの羽は、クエストがうまいこといったっちゅう証拠として、ギルドに出さなあかんのやろ? 切り落としたナマのまんまで持ってってええんやろうけど、運んでく途中に傷みもするし、ギルドの方でも確認したら捨てるだけやん。せやったら、せっかくやし、美味しく食べて処分してもらお思てな!」


「そんなこと言いながら、ほんとはおかんが食べてみたかっただけだろ!?」


 俺がそうツッコミを入れると、おかんが「バレたか」と舌を出した。

 おどけたその表情は、 “てへぺろ” というよりも “デヘッ! ベロンッ!” っていう不気味さだ。




「大将に、店の窯で焦がさんようにじっくり焼いてもろたんよ。カナールゆう油とソルタムでパリッと仕上がっとるはずやわ」


 おかんはそう言うと、誰も手を伸ばそうとしない大皿から、何の躊躇いもなく一枚の羽せんべいを手に取った。


 羽についた前足の端と端を両手の指先でつまみ、「ほな、いただきまーす」と羽せんべいにかぶりつく。


 パリッ!


 小気味良い音と共に羽が割れ。


 パリッ、パリッ!


 耳触りのよい薄い音を立てて咀嚼したおかんは一口目を飲み込むと、すぐに二口目にかぶりついた。




 結局おかんが羽部分を齧り尽くして細い前足だけを残すまで、俺達はごくりと喉を鳴らしながら感想を待った。


「予想以上の美味さやで! ちょうどええ塩っけと軽い歯触りで、こら止まらんわあ」


 おかんのその感想を聞いた途端、おかんの食いっぷりをじっと見つめていたチンピラ達は、争うように一斉に皿に手を伸ばした。


「なるほど、こりゃ止まらねえ美味さだ……!」


エコラにも合うし、最高のつまみだぜ!」


 こんもりと皿に盛られたコウモリの羽せんべいに何本もの手が伸びてきて、みるみる減っていく。


 その光景を呆気に取られて眺めていた俺だったが、はっと我に返り、一枚の羽せんべいをつまみ上げてみた。


 羽から飛び出たちっこい爪がグロいけど、(南無三!)と目をつむり、それにかぶりつく。


 パリッ!


 まるでポテトチップスみたいに薄くて軽い食感だが、羽そのものにはほとんど味がない。

 木の実からとれるというカナール油のコクの深い風味と旨みの強いソルタムの塩気が、噛むごとに口に広がっていく。


 確かにこれは止まらない系の味と食感だ。


 俺とほぼ同じタイミングで口に運ぶ勇気を得たレンは、すでに二枚目の羽に手を伸ばしている。


「ねえ、大将、窯で焼いた羽せんべいってこれで全部? おかわりはないの?」


「残念ながら、この場で提供できるのはそれだけです。コウモリの羽はクエストの遂行証明に持ち帰らねばならないとオカンさんから聞いてますから」


「それにしても、イメージどおりに調理してくれるもんやな。さすがプロや!」


「いえいえ、オカンさんが店にある調味料や食材を一つ一つ味見して、どの料理に何を使うかを的確に指示してくださるからですよ。目から鱗のアイデアもあって、大変勉強になります」


 おかんにバシッと背中を叩かれ、大将が穏やかに微笑む。


 サーベルベアの毛皮を被ったおかんと、熊タイプの獣人である大将。

 二人が並ぶと野性味というかアニマル感がハンパないが、そんな二人からこれだけバリエーション豊かな絶品コウモリ料理が提供されるのだから不思議だ。


「さて、皿の上の料理も減ってきたことやし、そろそろ締めのスープと飯モンでも出そかー。もちろん、メイン食材は吸血コウモリやで!」


「オカンさん、給仕なら私も手伝うぞ」


 アシスタントを申し出たリーナを引き連れ、おかんは再び厨房へ消える。


 しばらくすると、トレーにスープ皿を何個ものせたリーナが現れた。

 エベリ婆さんの宿で給仕の手伝いをしているだけあって、客席に座る皆に手際よくスープを配っていく。


「コウモリの肉と野菜を煮込んだスープだ。最後の一品もすぐに持ってくるからな」


「ありがとう」


 俺の前にコトリと置かれたスープ皿からは湯気が立ち上っていて、コンソメに似た良い香りが漂う。

 ゴロゴロとした野菜と薄切りした肉が黄金色のスープに浸っていて、食べ応えがありそうだ。


 程なくして出てきた皿には、茶色い葉で包まれた、ころんと丸いものがのっていた。

 葉っぱを広げてみると、醤油に似た良い香りが広がり、中から炊き込みご飯のようなものが出てきた。


「すげえ……これ、ちまきじゃねえか!」


「その米みたいなつぶつぶは、プコっちゅう穀物やで。この辺ではサラダやスープの具材に使うっちゅうけど、もちもちしとるし、蒸したらちまきになるんちゃうかて思たんよ」


「初めて出会う食材ばかりなのに、よくもまあ上手く使うもんだよな」




 おかんの食材に対する並外れた勘とひらめきは、長年に渡る主婦業の経験と、若かりし頃にジャングルを渡り歩いて磨き上げたサバイバルスキルに培われたものなんだろう。




 その類まれなる能力に密かに尊敬の念を抱きつつ、俺はコウモリ料理のフルコースに舌鼓を打ったのだった。

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