10 アレを食べたことを思えば、コウモリくらいどうってことない
「吸血コウモリの駆除成功と、新しい食材との出会いを祝して~……」
「「「ユーベ!!」」」
ショーナ地方の乾杯の掛け声で、俺達は手にした盃を高く掲げてから飲み干した。
先日エベリ婆さんの宿でヴィーネとセルシーバという酒は飲ませてもらったが、チンピラ達が飲んでいるのは、エコラという発泡酒だった。
黒ビールみたいな濃い色をしていて、試しに飲んでみるとビールのような苦味がある。
ただし、後味は驚くほどすっきりとしていて、柑橘っぽい爽やかな香りが鼻を抜ける。
辛口のにごり酒であるセルシーバよりもアルコール度数は少ないようで、食べる料理を選ばずにぐいぐい飲める。
そんなエコラを供にしつつ、まずはフルーツサラダを取り分けて皿に盛る。
フルーツが特産品の村だけあって、赤や黄色、オレンジ、緑といった鮮やかな色が混じり合い、見た目にも楽しいサラダだ。
食べやすく1~2センチ角に切りそろえられたフルーツは、ドレッシングのようなもので和えてあるらしい。
ボウルの縁を飾っていた白いレース状の葉っぱと合わせて口に運ぶ。
フルーツの濃厚な甘味や酸味が口いっぱいに広がるが、ドレッシングの塩気とハーブの独特の香りが、いくつものフルーツの味をうまい具合にまとめている。
パリパリしたレタスみたいな葉の食感と微かな塩味もアクセントになっていて、この後に続くメイン料理を邪魔しない、軽い口当たりになっているのが心憎い。
「フルーツって、食後やおやつに食べるものとばかり思い込んでたな」
「ああ、俺もだぜ。でも、これならエコラにもよう合うし、肉料理の合間にも食べられそうだ」
チンピラ達がフルーツサラダを満足そうに頬張っていると、ジュースを片手にしたおかんがデカい顔をぬうっと割り込ませた。
「フルーツのオードブルもなかなかいけるやろ?」
「さすがオカン姐さんっす! こんなに美味いサラダは食ったことないっすよ!」
「せやろ? ほな、これも食うてみ。グルメの世界への新しい扉が開けるで!」
おかんがずいっと差し出したのは、こんがりとキツネ色をしたコウモリの唐揚げだ。
見た目からしても匂いからしても、絶対に美味いのは間違いない。
だが、ここにきてやはりあのコウモリの死体の山を思い出してしまうのか、チンピラ達は手を出すのを躊躇っている。
「じゃあ俺からいただくことにするかな!」
チンピラ達の目の前で、俺は躊躇なくフォークを皿に伸ばした。
何せ異世界に転移した直後に、カクタウロスというゴツいモンスターを食べてるからな。
空腹に負けてアレを食べたことを思えば、現実世界でもお馴染みのコウモリくらい、どうってことない。
コウモリ肉の唐揚げにフォークを突き立てると、ぷりぷりとした弾力のある抵抗の後、ぷつっと肉にフォークの先が刺さる感触がした。
滲み出る肉汁で舌を火傷しないようにと、はふはふと息を吐きつつ、塊を口に入れる。
カラリと揚がった衣からは醤油のような味噌のような懐かしい風味が広がり、歯を立てたところからは肉の旨みがじゅわっと出てくる。
フォークを刺した時に期待した通りのぷりぷり具合で、噛み心地は最高だ。
意外と鶏肉に近いが、一度歯が当たると案外柔らかく肉の繊維がほどける。
「さすがオカン姐さんのご子息だけあるぜ。コウモリ肉を躊躇いなく一気に頬張ったな……」
「しかも、めっちゃ美味そうじゃねえか……! ユウトさん、味はどうなんっすか!?」
「
口をはふはふさせながらそう答えると、男達は目の色を変えて唐揚げにがっつき始めた。
「
「
「
「
「
チンピラ達に混じり、おかんやリーナ、レンも口に入れた唐揚げをはふはふと美味そうに食べている。
こんなに美味いなら、もうコウモリ肉全部を唐揚げにしちゃっていいんじゃないか。
そう思う一方で、こんなにコウモリ肉が美味いなら、他の料理法でもきっと美味いんじゃないかという興味もまた湧いてくる。
「どれ、じゃあレンが焼いたっていうグリルをいただいてみるかな」
程よい焼き色のついた、コロンとした肉の塊がいくつものった大皿から一つを自分の皿に移し、ナイフとフォークで真っ二つに切り分ける。
コウモリの腹の部分には、米のような穀物と木の実、ドライフルーツが詰まっていて、肉の香ばしさと共にスパイシーでほのかに甘い香りが漂ってきた。
スプーンに肉と詰め物をのせ、同時に口に入れてみる。
表面の皮はパリッと音がするほど香ばしいが、その下の肉はしっとりと柔らかく、ナッツやフルーツの香りが染み込んでいる。
米に似た穀物や木の実、ドライフルーツといった様々な味と食感が渾然一体となって、まさにハーモニーと呼ぶに相応しい多層的な美味さを織りなしている。
「うっま……!!」
思わず声を上げると、俺の声を聞きつけたレンがドヤ顔でにじり寄ってきた。
「でしょ、でしょっ!? 僕の一流魔法で作ったグリルは絶品でしょ!?」
「レンは魔法で焼いたってだけじゃねえか」
「で、でもっ、一流魔道士の僕だからなせる、絶妙な火加減でグリルしたからこその美味しさなんだよっ!」
あくまでも自分の手柄としたいレンの横で、おかんがグリルにがっつきながら補足を入れる。
「このグリルは、おかあちゃんのバイブルに載ってたレシピを大将がアレンジしてくれたんよ。家庭料理ではよう出来ん、手間のかかるプロの料理やで!」
「へえ、さすが大将だな!」
「いえいえ、私はお手伝いしただけです。やはり、レンさんの芸術的な焼き加減があってこそのグリルですよ」
レンの背後にぬっと現れた巨体から、穏やかなバリトンボイスが響いた。
「大将!」
調理服から出た腕や首、顔にいたるまで、熊のような茶色い毛で覆われた大将が、にっこりと笑って立っている。
「オカンさんに教わったおつまみが出来上がりましたよ。こちらも召し上がれ!」
愛嬌たっぷりの大将が差し出した皿には、真っ黒の薄焼きせんべいのようなものがこんもりと盛られていた。
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