08 昨日の酒場で一体何が起こったのか

「さあて、これをどないな風に料理したろかなあ」


 俺達が集めた数百匹もの吸血コウモリを前に、おかんがそう呟いた。


 サーベルベアーの毛皮を頭からかぶって舌なめずりをするおかんは、傍から見れば吸血コウモリの巣を壊滅させて喰らわんとするモンスターそのものだ。


 なあ、おかん。

 吸血コウモリは、供養の気持ちから食べようとしているんだよな?


 今のおかんを見ると、初めから食べるつもりで狩ったようにしか見えないんだが……。




「なあ、リーナちゃん。この本に載っとる吸血コウモリのレシピを教えてくれへん?」


 おかんが携えていたバイブル、『家事が断然ラクになる! 主婦の知っ得スゴ技&裏ワザ大百科』をリーナに手渡す。

 リーナはページをパラパラとめくり、『知らなきゃ損! 意外とイける害獣グルメ、とっておき十一選』の特集を開くと、翡翠色の瞳を細かく動かして内容を確認し、顔を上げた。


「この本によると、コウモリ料理としてポピュラーなのはスープの具材として煮込むことだが、丸焼きにしたり唐揚げにするのも美味しいそうだ。ただし、いずれの場合も下ごしらえとして、被毛を焼いて落とし、頭と羽、内蔵を取り除く必要があるらしい」


「そう言えば、確かクエストを遂行した証明として、コウモリの羽はギルドに持ち込まないといけないんだったよな?」


 俺がそう確かめると、レンがやれやれといった様子でサラサラの金髪をかきあげた。


「クエストを遂行したからには、食べる食べないに関わらず、どのみちこの数百匹の吸血コウモリの処分をしなくちゃいけないわけだ。ただ、四人でこれだけの数をこなすとなるとかなり大変だよね……」



「ほんなら、応援を呼ぼか?」



 うんざりとした様子のレンを見上げ、おかんがニヤリと口の端を上げた。


「レンちゃん、悪いけど、昨日どんちゃん騒ぎした広場の酒場まで遣いに行ってくれるか?」


「遣いって、どんな用事で?」


酒場あっこには、昨日仲良うなった子らが集まっとるはずや。あの子らに応援を頼むんや」


「昨日仲良くなったって……もしかして、レンの成金馬車に目をつけた、あのチンピラ連中のことか?」


 俺がおかんにそう尋ねると、レンの顔が途端に引きつった。


「あんな奴らが、吸血コウモリの死体処理なんて地味な作業を手伝ってくれるわけないよ!」


「大丈夫やて。あの子らには、美味いモン食べさしたるて、昨日のうちに約束してあるねん。美味いモンはこっちにある言うてここまで連れてくればええんや」


「ほんとにそれで話が通じるのかなあ……。僕ひとりじゃ不安だから、ユウトもついてきてくれよ」


「ええー。お前、ほんとに使えねえヘタレだなあ」


 子どものおつかいレベルのことになぜ俺がついていかなきゃいけないんだよ。


 けど、ヘタレのレンがガラの悪いあいつらを一人で連れてこられる可能性は確かに低い。

 仕方ない、俺が付き添うことにしよう。



 俺とレンが村へと戻っている間、リーナが「フレイモン」の火焔小魔法でコウモリの被毛を焼いておいてくれると提案してくれた。


 おかんとリーナに毛の処理は頼んでおいて、俺達はチンピラに下ごしらえを手伝わせるべく、レンと共にドゥブルフツカの村へと戻った。



 ☆



「おい、てめえ、ほんとにこんな森の中に美味いモンがあるんだろうな?」



 俺達の後ろをついて歩く数人のチンピラの一人が、レンに向かってドスのきいた声で問いただした。


 尋ねられただけで、「ひいぃ」と情けない声を上げて背中を丸めるレンの代わりに、俺が答える。


「もちろん、普通の酒場じゃ味わえない珍味が待ってるさ。ただ、それにありつく前に、ちょっとした下ごしらえを手伝ってもらいたいんだ」


「オカン姐さんのご子息の言葉なら信用できるっす!」


「オカン姐さんのためなら協力は惜しまねえっす! なあ、てめえら!?」


「「「うっす!」」」


 おかんはこのチンピラ達に随分と慕われているようで、俺がおかんの息子だとわかると文句も言わずについて来た。




 ……ってか。



“オカン姐さん” ってどんな慕われ方だよ!?

 昨日の酒場で一体何が起こったんだ!?



 そこにツッコミを入れるべきかどうかを迷っているうちに、俺達はスパヤニクの泉を囲むレチム群生地へと着いた。

 茂みを切り開いた小道を分け入り、おかんとリーナの待つ洞穴の前へ出る。



「オカン姐さん、お待たせしやしたっ!」


「姐御、何なりと言っておくんなせえ!」


「あんたら、よう来てくれたなあ。待っとるうちに、リーナちゃんと吸血コウモリの絶品レシピを確認しとったんよ。こんだけ人手があれば下ごしらえもあっという間や。ちゃっちゃと片付けてグルメパーテーするでー!」


「……えっ?」


「姐さんが楽しみにしてろって言ってたご馳走ってのは、まさか……この山と積まれた丸裸の、気味悪いコウモリのことでやすかい?」


「せやで! リーナちゃんに毛を燃やしてもろて、うちが泉で洗っておいた。後は頭と羽を切り落として、腹カッ捌いて内臓抉り出したら準備万端や。涙出るほど美味いコウモリ食わしたるさかい、楽しみにしとき!」


「「「…………」」」



 チンピラ達は、グロい吸血コウモリの山を見た上に、グロい下ごしらえを手伝わされると知り、かなりドン引きしている様子だ。


 けれど、姐さんと慕うおかんには逆らえないのか、何とも言えない微妙な顔をしつつも、数百匹のコウモリの下ごしらえを手伝ってくれたのだった。

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