07 いただいた命をゴミみたいに棄てたらアカン!

 レチムやモーカなど、たわわに実るフルーツをエコバッグに詰め終えたおかんと共に洞穴の入口まで戻る。


 土壁の穴からはもうほとんど煙は出ていない。

 中に積んで火をつけたレチムの葉が燃え尽きたんだろう。



「レンちゃん、土壁を壊す前に中を確かめることできるか?」


 おかんが尋ねると、レンが「任せて!」と背負っていたリュックを下ろし、ごそごそと中を探り出した。


「この “使い魔の眼” なら、洞窟の中の様子を見ることができる」


 レンが手のひらにのせたビー玉を自慢げに俺たちに見せる。


「これでどうやって穴の中を見るんだ?」


「この “眼” は使役する魔道士の意のままに転がるんだ。土壁の穴からこれを入れて奥の方まで転がせば、こっちの水晶の鏡に “使い魔の眼” が見たものが映るんだ。どうだ、すごいだろ!?」


 最新のおもちゃを見せびらかすス〇夫のようなレン。

 無性にムカつくが、土壁を壊して中に足を踏み入れるのは危険だし、この “使い魔の眼” とやらを試してみる価値はあるだろう。


「洞穴の中は真っ暗だぞ。そんなビー玉でほんとに見えるのか?」


「うん、僕の持ってるのはすべて最上位でめちゃくちゃ高価な魔法道具なんだ。これだって、夜の屋外でも使える万能タイプだぞ!」


 台詞にいちいち自慢をぶっ込んでくるのに無性にイラッとするが、物は試しに使わせてみることに。


 レンが土壁に開けられた穴に “使い魔の眼” を投げ入れ、俺たちに見えるよう、四角い額に嵌められた水晶の鏡を立て掛けた。


「ゾプナ」


 レンが呪文めいた言葉を発すると、テレビのスイッチが入ったかのように、水晶の鏡に映像がぱっと映った。


 赤外線暗視カメラのような白黒の画面には、ゴツゴツとした岩肌、コウモリの糞にまみれた地面が見える。

 どうやら本当にあのビー玉が洞穴の内部を映しているらしい。


 レンが鏡の前に人差し指を突き出し、穴の中のビー玉を前へ転がすように指先をちょいちょいっと動かす。

 すると、鏡の中の画像も少しずつ前進していく。


「へえー、魔法道具って便利だな!」


「へへっ、すごいだろう!?」


「すごいのはお前じゃなくて、この魔法道具だけどな!」


 そんな軽口を叩きつつ、ビー玉をなおも前進させていくと、前方の地面にぱらぱらと黒い物体が点在しているのが見えてきた。


 そのうちの一つにビー玉を近づけてみると──


「吸血コウモリだ!」


 半開きになった口から鋭い牙が覗く、コウモリの顔がアップで映った。


 うん。なかなかにグロい見た目だな。


「おお~美味そうな顔しとるな~!」


 おかんは鏡を覗き込んで歓喜の声を上げるが、この時点でコレを食料と認識するおかんの脳細胞に驚愕する。




 ビー玉を少しバックさせて方向転換。

 さらに奥に進んでいくと、地に落ちた吸血コウモリの死骸が多くなり──


 ビー玉のような “使徒の眼” は、とうとう数百羽の骸の山に行き当たった。


「おっしゃー! 吸血コウモリ駆除できたで! これでグルメパーテーができるな!」


 ガッツポーズではしゃぐおかんとは対照的に、俺とリーナとレンの三人の顔はみるみる青ざめていった。


「うわあ……きっつ……」

「あのグロい死体が山積みになると圧巻だな……」

「こんなの無理に食べなくてもいいんじゃないの? ランチだったら僕が奢るからさ!」


「あんたら何言うてんの!」


 ドン引きの俺達に向かって、おかんが眉を吊り上げる。


「ええか、吸血コウモリは人を襲う害獣や。せやから、うちらは依頼を受けて、駆除という名目で命をいただいた。ただな、人間にとっては害獣でも、あの子らも生きとし生けるものの一員やで。こっちの理屈で奪った命をゴミみたいに棄てるんは、人間側のエゴ極まりない行為とちゃうか?」


 おかんに諭され、俺達若者三人は気まずい表情で顔を見合わせた。




 意外に思われそうだが、うちのおかんは俺が物心ついた時から、感情に任せてガミガミ怒るようなことはしなかった。


 どうしてそれがいけないことなのかということを、子どもにわかるように諭してくれたっけ。


 まあ、俺がキャッチボールで家の窓ガラスを割った時なんかは、問答無用でゲンコツくらったこともあるけどな。


 ただ、こうしておかんに諭されると、息子としては納得できるような、でも背中がむず痒くなるような、何とも言えない気持ちになる。




「確かに、人にとっては害獣だが、吸血コウモリはここで自分達なりの生命活動を営んでいただけなんだよな」


「ああ……。たまたま巣とした場所が、フルーツ狩りの観光客が多く訪れる場所だった。そのため駆除の対象となってしまっただけで……」


 レンもリーナも、おかんの言葉が心に刺さったようで、神妙な面持ちで俯いている。


「確かに、このままじゃなんだか後味悪いよな……」


 俺がぼそりと呟くと、我が意を得たりとばかりにおかんが大きく頷いた。


「そうやろ? ほんならうちらにできることはただ一つ。吸血コウモリをありがたーく食べることや! 命をいただいたもんができる、一番の供養やで!」


「う……ん、まあ、そうかもしれないな……」


「命を無駄にしないという意味では一理あるな」


「でも、僕の口に合うかどうかが一番の問題なんだけど……」


「安心しい。おかあちゃんが腕によりをかけて美味い料理に仕上げたるで!」



 半ばおかんの勢いに乗せられたような気がしなくもない中、俺達は土壁を崩し、地面に落ちた数百羽の吸血コウモリを回収した。


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