06 おかんの大切なエコバッグ

 斜めがけした四次元ポシェットの中からおかんが取り出したのは、くるくるとコンパクトに丸められたエコバッグだった。


「最近はレジ袋がどこも有料になっとってな。うっかり忘れんようにて、ここに入れとったんが役に立ったわー」


 続いてポシェットから取り出したのは、くっちゃくちゃに丸まった薄い半透明のポリ袋。

 あの、スーパーのサッカー台にロールで置かれてるやつだ。


「おかん、そんなゴミみたいなビニール袋まで持ち歩いてんのか」


 俺が呆れてそう言うと、ポリ袋に摘み取ったレチムの実を入れながらおかんが答える。


「エコバッグもポリ袋も、現代主婦の必須アイテムやで。ポリ袋は鼻かんだちり紙とか入れとけるし、ユウ君が出先で粗相した時なんかは、汚れた服をこれに入れてよう持ち帰ったもんや」


「俺の粗相って、一体何年前の話を持ち出してんだよ!?」


「ユウ君がもじもじしとる時に『おしっこか?』て聞いても、変な意地張って必ず『違う!』て否定すんねんな。で、結局我慢しきれなくなって漏らすゆうんがいつものパターンやったからなあ」


「だからそれっていつの話だよ!? 異世界でのクエスト中にしなきゃいけない思い出話か!? それ!?」


 懐かしそうにニタニタと笑うおかんが不気味だ。


 これ以上変な昔話をされては堪らないと俺がおかんから離れようとした時、リーナが歩み寄ってきた。


「オカンさんの持っている袋は随分と薄いな。この辺りでは見たことのないような素材でできているようだが……」


「このエコバッグのことか? これはナイロンゆう素材で出来とるんやで。薄くて軽くてコンパクトに持ち運べる上に、丈夫で大容量や」


 おかんがエコバッグをリーナに手渡すと、「へえ……」と感心しながらしげしげと観察している。


「この辺りでは、袋は布か革で作られるが、布製は軽い反面耐久性に劣り、革製は耐久性は良いが重くてかさばる。魔法のように便利な道具を持っているなんて、オカンさんはさすが賢者だな!」


「えっ? オカンさんが珍しい魔法道具を持っているって?」


 リーナの声を聞きつけて、何やら微妙に勘違いしたレンまで近寄ってきた。


 二人して物珍しそうにエコバッグを観察してる姿が、現代日本人の俺からするとなんだか滑稽だ。


「これは確かに珍しい素材だし、シンプルな形状ながらとても機能的に作られている。オカンさん、よかったらこれを僕の実家の魔法道具問屋に譲ってくれないか? もちろん、オカンさんの言い値で買い取らせてもらうよ!」


 エコバッグを研究して似たような魔法道具を作らせるつもりなのか、目を輝かせたレンがそう提案した。


 レンの身なりや金払いの良さを見ても、こいつんちは相当な金持ちに間違いない。


 損得勘定がすべての行動原理になっているおかんのことだから、相当ふっかけて売り渡すだろうな。




 しかし、おかんはサーベルベアーの頭の下でしかめっ面をつくって首を振った。




「いくらイケメンのレンちゃんの頼みゆうても、それだけは聞けんなあ」


「どうして? お金ならいくらでも出すよ!」


「お金には変えられん価値がこのエコバッグにはあるんよ。……これは、ユウ君が九年前の母の日に買うてくれたプレゼントなんや」


「え……っ、俺からのプレゼント?」


 おかんの言葉に驚いた俺は、慌てて記憶を手繰り寄せる。



 そう言えば──



 小さい頃は小遣いもろくにもらってなかったから、母の日のプレゼントは「肩たたき券」とか「お手伝い券」を折り紙で作ったり、似顔絵や手紙を書いたりして渡していたっけ。


 中学生になって毎月定額の小遣い制になり、初めての母の日にプレゼントしたのがエコバッグだった気がする。


 おかんはエコバッグをいくつも持ってるし、店で買うのも恥ずかしくて適当に選んだ柄だったから、どれが俺のプレゼントだったかなんて、九年も経つうちにすっかり忘れていたんだが……。




 そっか……。

 おかんもやっぱり母親なんだな。


 損得勘定だけが行動原理かと思っていたら、息子からのプレゼントをずっと大切に使ってくれてたなん──




「せやから、このエコバッグは渡せんけど、バッタもん作るんやったら監修はさせてもらうで! 半年契約かつ顧問料前払いで!!」




 ──って、息子からのプレゼントをダシに商売するつもりかいっ!!




「本当!? オカンさんの知恵をうちに貸してもらえるなら、こんなに心強いことはないよ! よろしくお願いします!」


「言うとくけど、うちの頭ん中には、この世界では到底考えつかんような英智が詰まっとんねや。顧問料はそれなりに高うつくで?」


「もちろん、それはわかっているよ! うちの取引先の魔法力とオカンさんのアイデアがあれば、これまでにない魔法道具を世に出せると思うんだ。これはうちにとっても大いなるチャンスになるはずだ!」


 薔薇色の鼻息が見えそうなくらいに興奮してるレンだが、大風呂敷を広げたおかんをそんなに高評価して大丈夫なんだろうか。




「洞穴の煙がだいぶ小さくなったなあ。そろそろええんとちゃうかー」


 一抹の不安を感じた俺の横で、エコバッグにフルーツをどっさり詰めたおかんが、それを肩に掛けながら洞穴の方を指さした。

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