04 俺達の目的は吸血コウモリの駆除じゃない

「リーナ……今のって……」


「吸血コウモリ駆除のクエストに挑戦した冒険者達だろう。無策のまま洞穴に入ったために、あんな目に遭ってしまったんだ、きっと……」


 背中に冷や汗がつたう感触にぞくりとする。

 隣にいるリーナも青ざめていて、血だらけの二人組が消えていった茂みをただ呆然と眺めていた。


 さっきの二人組は、腰に剣を佩いていたものの、それを抜き出してコウモリに抵抗した様子はなかった。


 そこから推測するに、洞穴の中はかなり狭く、剣を振り回して吸血コウモリを斬り落とすような真似はできないんじゃないだろうか。


「なあ、リーナ。ギルドが示していたクエストの情報では、確かこのクエストの推奨構成員に魔道士が挙げられてたよな?」


「ああ。つまり、武器を使っての駆除が非常に難しいという理由があってのことなんだろう。魔道士はかなりの割合でクエストの推奨構成員になってはいるが、今回は推奨というよりも必須に近いようだな」


 おかんとレンがここに到着する前に、あわよくば吸血コウモリを多少片付けておこうかと目論んでいた俺。


 ライバルに先を越されていなければ、向こう見ずに洞穴へ入ってコウモリに襲われていたのは俺達の方だったかもしれない。


 二日酔いでフラフラのレンは足でまといになるからと置いてきたのに、結局あいつを頼らないとこのクエストは遂行できないということか……


 くそ、なんだか無性に悔しいな!




 リーナと二人、のどやかな泉のほとりでぼーっと佇む。


 熟れたレチムの甘い香りが漂い、泉の水面は陽射しをとらえてきらきらと弾けるように光り、遠くに小鳥のさえずりが聞こえる。


 吸血コウモリさえいなければ、なんて美しい場所なんだろう。

 そんな風景の中、リーナがしゃがんで泉にそっと手を浸す。


 さすがにエルフだけあって、透明感にあふれた美しさのリーナと自然の風景は抜群に相性がいい。

 一幅の絵画としていつまでも愛でていたくなるくらいだ。

 惜しむらくは、リーナが鋼の胴当て姿という色気のない出で立ちであることだな。


 今度リーナとここへ来ることがあれば、ぜひエルフならではの美しさが前面に出るような、リーナのしなやかな四肢が強調されるような、薄くて露出度の高い衣装を────




 ガサガサッ!



 リーナを見つめながらエロい妄想になだれ込みそうになったとき、すぐ脇のレチムの茂みが大きく揺れた。


 ビクッと心臓が跳ね、咄嗟に振り向く。


「ぎゃ……ぎゃああっ! モンスターだっ!」


 長い牙が突き出た、凶悪な顔つきの熊の頭が覗き、気の緩んでいた俺は悲鳴を上げて飛びしさった。


 しかし、サーベルベアーの頭の下から続いてひょっこり現れたのは。




「あー! おったおった! ユウ君、リーナちゃん、待たせてえろう悪かったなあ。森の賢者おかんの登場やでー」




 ……俺のおかんでした。




「お、おかんっ! 脅かすなよ!」


「はあ? 脅かすも何も、ユウ君達が待っとると思うて、おかあちゃん急いで来ただけやん。そない驚いて、さてはユウ君、リーナちゃん眺めながらエロいこと考えとったん違うか?」


「何言ってんだよっ!」


 ……図星です。




「オカンさん、こんな道無き茂みを分け入らなくても、きっとどこかに抜け道が……イテテッ」


 おかんの後ろから、硬くてギザギザしたレチムの葉に顔をしかめたレンも現れた。




 ようやく四人揃ったところで、俺とリーナは先程のライバル達の話をし、武器では吸血コウモリを駆除できそうにないことを伝えた。


 話を聞き終えたレンが、殴りたくなるほどのドヤ顔でぽん、と胸を叩く。


「なるほど。やはりここで一流魔道士である僕の力が必要みたいだね!」


「いや、これまで一度もお前の力が必要になった場面はないんだが……」


 むしろ足でまといだった記憶しかないが、今回ばかりはレンの力を借りる時が来たようだ。


 そういう事情もあり、俺が控えめにツッコミを入れると、調子にのったレンがニヤリと笑った。


「一流魔道士としての腕がなるね! 奴らをどんな風に料理してやろうか。やっぱりここは絵面的に、ド派手な火焔系の魔法で洞穴ごと一気に焼き尽くすのがいいか……」


「レンちゃん、そんなことしたらあかんで!」


 声を弾ませるレンを、おかんが厳しく窘める。


「洞穴ごと焼き尽くしたりなんかしたら、コウモリが黒焦げになるやろ? そんなん食われへんやん!」


「はあっ!? 食べる!? 吸血コウモリをっ!?」


「あの洞穴に数百匹もおんねやろ? 食わなもったいないやんか」


 俺達三人が愕然とするのを、おかんはさも当然とばかりに胸を張った。


「ええー……でも、吸血コウモリの肉なんて美味しくなさそうじゃないか。僕はプロの作る一流の料理しか普段口にしないのに」


 レンが口を尖らせると、したり顔をしたおかんがあの分厚い本をおもむろに開き、ぱらぱらとページをめくり出した。


「ここを見てみ。文字は読めんけど、コウモリの絵が描いてあるやろ?」


 おかんのぷくぷくとした指の先を覗き込むと、確かにコウモリを調理しているらしきイラストがいくつも描かれている。


「なるほど……ここのページは『知らなきゃ損! 意外とイける害獣グルメ、とっておき十一選』という特集らしいな。確かに吸血コウモリを素材にしたレシピが紹介されている」


 ページをじっと見入っていたリーナがそう告げると、おかんの目がぎらりと光る。


「ほな決まりやな! うちらの目的は吸血コウモリの駆除やない。吸血コウモリを食材にしたグルメパーテーや!!」

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