02 主婦の世界は、生き馬の目を抜く勝負の世界!?

 後から来た冒険者らしい三人組は、おかんの言葉を聞き、ニヤリと口の端を上げて互いに視線を交わしあった。


 あいつらのあの様子だと、大して情報も持たずにここへ来ていたに違いない。


「さあ、クエストは早い者勝ちだ。あいつらに抜け駆けされないように早く行こう! みんな足でまといになるんじゃないぞ!」


 レンがリーダーぶった態度で俺たちを促した。


 ってか、一体誰のせいであいつらに追いつかれたと思ってんだよ!!


 お前が二日酔いになんかならなければ!


 たかが二十分ほどの道のりなのに途中で何度も休憩なんて挟まなければ!


 おかんが持参したバナナ的なやつを遠足気分で食べたりしなければ!


 あんな奴らに情報を漏らすこともなく、もっと早く目的地に向かうことができたんだ。




 言っとくけど、足でまといなのは俺達じゃなくて、完全にお前一人だからなっ!!




 しかし、今は仲間割れしてる場合じゃない。


 俺はレンに毒づきたいのをぐっとこらえ、おかんとリーナを促して北西に伸びる小道に足を踏み入れた。




 あいつらよりも先に、吸血コウモリの巣を探し出さねば────




「うえええぇぇ……っっ!!」




「……って、レン!! てめえ何吐いてんだよっ!?」


 小道に入って数メートルも歩かないうちに、レンが小道にせり出す茂みの中に顔を突っ込んだ。


「だって……往来で吐くわけにはいかないと思って、ずっと我慢してたんだ。リーナ、悪いが背中をさすってくれないか」


「はあ!? そんなこと断るに決まっているだろうっ! 吐き気があるなら、さっきなぜクレババナナ的なやつなんて食べたんだ!?」


 もらいゲロを警戒してか、三メートル以上もの距離を空けて飛び退しさったリーナが怒声を張り上げる。


 早速レンのせいで足止めを余儀なくされた俺達パーティだが、そこへダメ押しのようにおかんが叫んだ。


「レンちゃん、あとちょっとの辛抱やで! この道をまっすぐ行ったとこにあるレチムの群生地まで行けば、吸血コウモリの巣は近くにきっとある! そこまではなんとか気張らんと!」


「だからおかんっ! そういうことを大声で言うなって!」


 おかんの失言をたしなめた俺の横を、後からついて来た三人組が通り過ぎる。


「へへっ、貴重な情報をありがとよ!」

「北西のレチム群生地に行けばいいんだな」

「悪いが先に行かせてもらうぜ」


 ニヤニヤしながら去っていく奴らの背中を睨みつけ、俺は歯噛みした。




 異世界に来て、自分達がこの世界の救世主になるかもしれないと告げられ、命の恩人のリーナを救うと決めた。


 一年後の魔王討伐を目指し、初めてのクエストに挑戦するためにここへ来たのに──




 俺達の初陣は、失敗に終わるのか……?




 いつの間にか俺の隣に戻ってきていたリーナが、ぽん、と俺の肩に手をかける。


「ユウト、クエストの取り合いというのはよくあることだ。今回は諦めてまた出直すことにしよう」


「リーナ……」


「ただし、やはりレンはクビだな。次からは、私達三人でできるクエストを探していこう」


 美しい顔に微笑みを浮かべながらも、翡翠色の瞳の奥は全然笑っていないリーナが怖い。


 だが、今回のクエストを失敗に導いたもう一人の張本人であるおかんが、突然がっはっはと愉快そうに腹を揺らし出したのだ。


「むしろ今のレンちゃんはファインプレーやで。ここで足止めくったおかげで、あのあんちゃん達を先に行かすことができたんやからな」


 おばちゃんパーマの上から齧りつくように被せられたサーベルベアーの頭が、おかんの笑い声に合わせてパコパコと揺れる。


 何がそんなにおかしいのかさっぱりわからない俺とリーナは、首を傾げて互いの顔を見合わせた。


「おかん、どういうことだ?」

「吐いてるだけのしょうもない男がファインプレーとは?」


 おかんに問うと、サーベルベアーの頭の下からニタリと不敵な笑みをのぞかせる。


「今のは陽動作戦や。吸血コウモリの巣はこっちにはない。南の泉の近くにあるで」


「「はあっ!?」」


 おかんの意外な言葉に、俺とリーナは同時に声をあげて、再び顔を見合わせる。

 そんな俺達に、おかんは得意げにその陽動作戦とやらを説明した。


「実はな、さっき吸血コウモリの巣のありそうな場所を地図で確認しとった時、おかあちゃんはピンと来たんよ。昔、南米でのサバイバル生活中に吸血コウモリを見たことがあってな。あいつらは血ィ吸うた後に、排泄のために水をぎょうさん飲む習性があんねん。せやから、吸血コウモリは水飲み場の近くに巣をつくるはずなんよ」


「ということは、吸血コウモリの巣は、北西ではなく南にあるレチム群生地のそば、スパヤニスクの泉の傍にあると?」


 おかんの意図を確かめるようにリーナが問うと、おかんは「せや!」と大きく頷いてみせた。


「すぐにピンと来たんやけど、ライバルのあんちゃん達が後ろに迫っとったやろ? こっちはレンちゃんゆう足でまといがおるし、まともに競りうたら先を越されてまう。せやから、わざと別の候補地に向かうフリをしたんよ」


「そうか、だからおかんはわざと大声で情報をダダ漏らしてたのか」


「おかあちゃんを舐めたらアカンで。主婦の世界は、常に生き馬の目を抜く勝負の世界や。バーゲンのワゴンセールしかり、スーパーのタイムセールしかりやで!」


 半モンスターの出で立ちで胸を張るおかん。


 この時、俺は初めておかんから賢者のオーラが立ちのぼるのを感じたのだった。

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