第三章 異世界クエスト with おかん
01 クエストはピクニックでも遠足でもない
宿に着いた早々、俺は酔いつぶれたレンの介抱をする羽目になり、せっかくのふかふか高級ベッドで熟睡できなかった。
それでも介抱の甲斐あって、翌朝になるとレンの体調はだいぶ回復した様子だった。
とは言え、眉をしかめて二日酔いに耐えている姿を見ると、こいつをクエストに連れて行って大丈夫なんだろうかと不安になる。
「レン、今日は一日宿で休んでいたらどうだ? 吸血コウモリくらい、俺達三人でどうにかなるだろ」
食堂での朝食に誘ったものの、食欲がないから寝ているというレンを気遣ってそう提案したが、レンは布団から出した顔だけをこちらに向けて、無駄に形の良い眉を吊り上げた。
「ビギナーの君達がリーナにくっついて行ってどうにかなるわけないだろ! 吸血コウモリは何百羽といるんだ。リーナを守れるのは一流魔道士の僕しかいない!」
リーナを守るといいながら、いじめっ子達の投げる石をことごとく避けてリーナに怪我を負わせたのはどこのどいつだよ。
子どもの頃の話に今さらつっこむつもりはないが、そんな奴にリーナを任せられるはずがない。
かと言って、レンの言うとおり、俺とおかんじゃリーナを守るどころか、足でまといにならないとも言いきれないんだよな。
「わかったよ。だが、目的地までは自力で歩けよ。途中で吐くのも禁止な! 足でまといになりそうだったらその場に置いてくからな!」
吸血コウモリの退治はこいつに任せて、俺はリーナとおかんを守ることを優先しよう。
俺はレンに宣告すると、朝食をとるために一旦部屋を出た。
☆
ドゥブルフツカの谷周辺はフルーツがよく穫れるだけあって、朝食にも山盛りのフルーツが出てきた。
形状や色、食感など、元の世界のものとは似て非なるものがほとんどだったが、芳醇な香りや甘さ、爽やかな酸味など、新鮮なフルーツの美味しさはこちらの世界でも変わりなく、たっぷりとそれらを楽しむことができた。
「こんなに美味いフルーツが穫れるんなら、吸血コウモリの駆除はさっさと終わらして、うちらもフルーツ狩りを楽しみたいな!」
そう言うおかんは、山盛りのフルーツバスケットでクエストへのモチベーションを高めたらしい。
──というわけで。
吸血コウモリの駆除という初クエストに挑むべく、勇者の俺、戦士のリーナ、魔道士のレン、賢者のおかんというパーティ一行は、朝食を済ませた後、意気揚々と宿を出発した。
……と言いたいところだが。
「うえぇ……。また吐き気が襲ってきた。頼むからちょっと休ませてくれ……」
「はあ!? レン、お前何言ってんだ! さっき休んでからまだ五分も経ってねえだろ!?」
「ユウト、そんな奴は置いて行けばいい。レンほど人の気遣いが無駄に終わる奴はいない」
「ユウ君もリーナちゃんもそんなこと言わんと、休み休みのんびり行けばええやないの」
「おかん、クエストはピクニックじゃないんだぞ。てゆーか、なんでまたその主婦の本持ってきたんだよ! 重たいし邪魔になるから宿に置いてけっつったろ!?」
「せや! フルーツバスケットに入っとった、バナナ的なやつも持ってきたで。そこら辺に座って食べよかー」
「あっ、僕それ食べたい」
「クエストは遠足でもねえっ! ってか、レンは黙って歩け!!」
……とまあ、こんな調子で。
昨日の下見では村から谷の入口まで二十分くらいだった道のりが、今日は一時間近くもかかったのだった。
☆
「……さて。ようやく谷の入口まで来たわけだが、ここからはレチムというフルーツの群生地を目指すことになる。その近辺に吸血コウモリの巣があると思われるからな」
谷の入口にある案内看板の前で俺が改めてそう告げると、リーナが胴当ての胸の隙間から折り畳んだ紙を取り出した。
「宿にあったフルーツ狩りの案内図をもらってきた。これによると、レチムの群生地は大きなものが二箇所ある。この入口から二百メトレンほど北西に進んだ場所と、南に六百メトレン進んだ辺り、スパヤニスクの泉のほとりだ」
広げた紙の上でリーナが指し示した先を、皆で覗き込む。
「なるほど。ここを起点とすると二つの候補地に向かうルートは方向が異なる。まずはどちらの場所に向かうかだな」
俺がそう呟いた時だった。
背後から複数人数の足音が近づいてきた。
振り返ると、若い男が三人、連れ立ってこちらへ向かってくる。
一人は腰に剣を佩き、一人は木製の杖を持ち、もう一人は目の覚めるような青いマントと聖帽を身につけている。
あの出で立ち、どう見てもフルーツ狩りに訪れた観光客じゃないよな……。
さては俺達と同じクエストをこなしに来たパーティか?
あいつらがどこまで吸血コウモリの情報を掴んでいるかはわからないが、クエストは早い者勝ち。
先を越されないようにしなくては。
「後ろからライバルが来る。あいつらに先を越されないように急ごう」
俺は小声でそう促し、先頭に立って歩き出そうとした。
しかし、俺の焦りとは裏腹に、おかんは後続のパーティに聞こえるほどの大声で、「なるほど!」と相槌を打った。
「ユウ君は、こっから北西にあるレチム群生地を目指すつもりやな! 昨日、うちらはククシー採りの帰りに吸血コウモリに襲われたもんな。ちゅうことは、吸血コウモリの巣があんのは、そっちゆうことになりそうや!」
「ちょ、おかんっ! なんで大声で重要情報を漏らしてんだよ!」
おかんの声が聞こえたのか、後ろに迫る三人組がぴたりと足を止め、互いに意味ありげな視線を交わすのが俺には見えた。
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