11 新婚旅行は温泉リゾートを考えてます
成金馬車でドゥブルフツカへ向かうレンとは別行動を取り、俺たち三人はのんびり歩いて、先に着くレンに待ちぼうけを食わせてやればいいと思っていた。
なのに、俺についてきたとばかり思っていたおかんがレンの馬車に乗り込んで出発してしまい、俺とリーナも急いで目的地へ向かわねばならなくなった。
とは言え、おかんのことだから、身の危険についてはあまり心配していない。
どちらかと言うと、トラブルメーカーになりそうな二人を先に行かせることになったことへの不安が大きい。
「仕方ない、パウバルマリとドゥブルフツカを結ぶ駅馬車を使うことにしよう」
リーナから提案を受け、俺たちは村の中心部にある駅馬車の乗り場へと向かった。
☆
運がいいことに、ドゥブルフツカ行きの馬車は間もなく出発するところだったらしく、リーナが御者に銅貨を渡して乗り込んだ。
十人ほど乗れそうな馬車にはすでに七~八人が乗っている。
コの字型の座席に皆が適当に座っているから、二人が並んで座れるようなスペースはないな……と思っていたら。
「ほらほら、若いカップルが困ってるじゃないか。みんな、二人が並んで座れるように空けておやりよ!」
コの字型の奥の角に座っていた女性がそう促してくれたのだ。
中には「なんだ、リーナかよ……」と顔をしかめる男もいたけれど、皆が腰を浮かせて俺たちのスペースを作ってくれた。
「ありがとうございます」
「いいんだよ。乗り合い馬車なんだから、お互い様さ」
声をかけてくれた女性の横に、俺とリーナが並んで座る。
アラサーくらいだろうか、エプロン姿で生活感があるが、割と美人な若奥さんといった感じの人だ。
リーナがお礼を伝えると、女性は屈託のない笑顔で答えてくれた。
俺たちが乗車して満員になったため、駅馬車は間もなく動き出した。
☆
「なあ、リーナ。初めに聞いた話では、ドゥブルフツカは歩いて半日かかるってことだったよな? 駅馬車だとどのくらいで着くんだ?」
「途中小さな村での乗り降りもあるが、おそらく一時間半ほどで着くはずだ」
「やっぱり馬車を使うと早いんだな。そう言えば、俺たちはバハナン大森林からパウバルマリ村までを三日かけて歩いたが、もしかして駅馬車を使うという手もあったのか?」
「いや。駅馬車は村や町を結ぶ決まった道しか走らないし、バハナン大森林へのルートは設定されていない。村からの出発であれば辻馬車に頼めるが、バハナン大森林から辻馬車を呼ぶ手段はなかった。だから結局あの時は、歩く以外の村への移動手段はなかったというわけだ」
「なるほど。ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだが……」
俺は隣に座るリーナの横顔を首を傾げつつまじまじと見つめる。
「リーナはさっきからなんでそんなにニヤけているんだ?」
「へっ!?」
俺がそう尋ねると、ふにゃふにゃと緩んでいた口元を、リーナが慌てて手で覆った。
口を覆っても、顔がぶわっと一気に赤く染まったのが見て取れる。
「い、いや、別にニヤけているつもりはないが……その……」
「ん?」
「隣のご婦人には、私とユウトが新婚夫婦に見えるようだから……」
「えっ!?」
確かにカップルとは言われたが、新婚夫婦とは誰も言ってなかったよな……。
甘酸っぱい空気の漂い始めた俺たちに、さっき声をかけてくれた若奥さんが話しかけてきた。
「お前さん達、この時期にドゥブルフツカへ行くってことは、デートでフルーツ狩りを楽しむつもりなんだろう?」
どうやらこの若奥さんは、俺達を完全にカップルと思い込んでるみたいだ。
俺達は冒険者で、クエストに向かう途中なのだということを説明するべきかと逡巡していると、リーナが先に若奥さんの話に受け答えた。
「ええ、まあ。ですが今回の旅とは別に、新婚旅行は人気の温泉リゾートとか、そんな感じのとこがいいなとは考えてます」
「ちょっと待て、リーナ!? 話の膨らめ方おかしくないか!?」
お前、いつの間に新婚夫婦妄想を加速させてんだよっ!?
「ああ、いいよねえ。温泉リゾート。あたしら夫婦も、新婚旅行の行先はアッターミ温泉だったよ」
って、若奥さんまで話にのっちゃったし!
そんなわけで、俺たちが新婚夫婦ではないという訂正を入れるタイミングを逃した俺は、二人の話を聞くともなしに聞いていた。
しかし、アッターミ温泉って地名、妙な親近感を覚えるよな。
もしかして、クサッツ温泉とか、ベプ温泉とかもあったりするんだろうか。
そんなことをぼんやり考えているうちに、話題はいつの間にかドゥブルフツカのフルーツ狩りへと戻っていた。
「そう言えば、ドゥブルフツカでは色々なフルーツが旬を迎えてるんでしたね。どんなフルーツがおすすめなんですか?」
「今ならモーカやドラルゴ、レチムなんかがよく獲れるよ。ただ、今年は吸血コウモリが大量繁殖していてね。レチムの群生地で人が襲われたって話をよく聞くから、そこは避けた方がよさそうだよ」
「レチムの群生地……」
俺とリーナは、互いに顔を見合わせて小さく頷く。
デートならば絶対に避けねばならない場所だが、吸血コウモリの駆除に向かう俺達にとっては、そこが目的地になりそうだ。
「お姉さん、貴重な情報をありがとう!」
「いいんだよ。うちの村は、よそから来た観光客のおかげで潤ってるんだ。来てくれる人達には、安全で楽しいフルーツ狩りを楽しんでもらいたいからね!」
駅馬車で有益な情報を得た俺達は、終点のドゥブルフツカの村で降りると、若奥さんに手を振った。
「谷へ入ったら、ククシーっていう薬草を探すといいよ! 子宝に恵まれるっていう妙薬だからね!」
リーナのせいで最後まで俺達を新婚夫婦だと思い込んでいた若奥さんは、別れ際にそんな要らない情報まで親切に教えてくれたのだった。
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