12 真昼間から、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ!?
ドゥブルフツカの村は、宿場町として賑わうパウバルマリとは違い、村と呼ぶのにふさわしいこじんまりとした集落だった。
それでも駅馬車を下りた広場の前には小さなマーケットがあるし、食堂や飲み屋といった飲食店も数件はある。
ここに着くまで、馬車から見える風景は荒れた土地や森が続き、村の手前でようやく見えてきた耕作地は、村外に農作物を出荷するほどの規模はなさそうだった。
俺たちと入れ替わりで馬車に乗る客の多くがフルーツをてんこ盛りにした籠を持っていることから、若奥さんの言うとおり、この村はドゥブルフツカの谷を訪れる観光客の落とす金で潤っているのだろう。
広場を見渡してすぐに、俺とリーナはあの成金趣味全開のド派手な馬車が止まっているのを見つけた。
「レンの馬車だ!」
「あそこに止まっているということは、オカンさんとレンもこの辺りにいるに違いない。御者に尋ねてみよう」
俺たちはすぐに馬車に駆け寄ったが、車内におかんとレンの姿がないのはもちろん、御者の男の姿も見当たらない。
「こんなところに成金馬車を停めておくなんて不用心じゃないか?」
「この規模の村では、馬車を預かってくれる大きな馬宿がないのだろう。ただ、さすがに御者は馬車から遠く離れたりはしないはすだ。この周辺の飲食店を回ってみよう」
……と、リーナが言ってる傍から聞こえてきたのは。
「なんや、あんちゃんイケるクチやん! 遠慮せんとガンガン飲みや~!」
と、超ハイテンションなおかんの声だった。
声の出どころは、どうやらすぐ目の前のバーのようだ。
「おかん、真昼間から飲み屋で何してんだ!?」
俺とリーナが慌ててバーの扉を開けると、そこにはレンと御者、そして見るからにガラの悪そうな数人の男達とどんちゃん騒ぎするおかんの姿があった。
「なんや、ユウ君もリーナちゃんも随分早う着いたんやな。二人して歩いてくるて思たさかい、のんびり待っとくつもりやったんけどな」
「のんびりどころか羽根伸ばしすぎだろ!? もうちょっと大人しく待てないのかよ!」
呆れ果てた俺がそうツッコミを入れると、頬を赤く染めたレンが千鳥足で俺とリーナの元へとやって来た。
「まあそうカリカリするなって。ここは僕のおごりだから、君とリーナも遠慮せずに飲み食いしたらどうだい?」
「俺らは別に遠慮してるわけじゃねえよ」
「そうだ。私達はクエストの遂行のためにこの村に来たのであって、どんちゃん騒ぎするためではないだろう?」
「そう固いこと言うなよ、リーナ。オカンさんのあのテンションのおかげで、パパに借りた豪華馬車が守られたんだから」
「は!? それはどういうことだ?」
俺が尋ねると、ヘラヘラと口元を緩ませたレンが事の経緯を説明し始めた。
酔っ払っているせいで話の要領は掴みにくかったが、まとめるとどうやらこんな経緯だったらしい。
この村に着いてすぐ、おかんとレンは広場で馬車を降り、本日の宿の手配をしてくれた。
広場に戻ると、パウバルマリに戻ったはずの馬車がまだそこに停まっていて、御者が数人の男達に絡まれていた。
どうやら一人の男が馬車に足を轢かれたとか言いがかりをつけて、御者から金を取ろうとしたらしい。
当然、御者は金を渡すことを拒否したが、すると男達は金ピカ馬車を解体して装飾品を売ると言い出し、持っていた工具で馬車を傷つけようとした。
そこに怖いもの知らずにも程があるおかんが仲裁に入り、当たり屋のチンピラ達の話を聞いているうちに何故か彼らと意気投合し、目の前のこの店になだれ込んだ。
レンとしては、借りてきた馬車に傷がついたら父親に大目玉をくらい、今後馬車を貸してもらえなくなるかもしれない。
それよりは、ここの飲食代を支払ってでも、穏便に事が済んだ方がいいと考えたそうだ。
結局そのチンピラ達にタダ酒を飲ませてやってるのはどうかと思うが、元はと言えば、クエストに成金馬車で向かったレンの自業自得とも言える。
治安の良い大きな街ならともかく、こんな辺境の村では、金ピカの装飾品にまみれた馬車なんて目立つだけだし、金を巻き上げるためのいいカモに見られて当然だもんな。
しかし、ヘラヘラと笑う目の前のレンが今回のトラブルを反省しているとはとても思えない。
それに、自分は一滴も酒を飲んでいないはずなのに、チンピラ達と互角以上に騒いでいるおかんを見てると、二人を窘めるのもなんだか馬鹿らしい気がしてくる。
「そういうことなら、俺達もこのどんちゃん騒ぎに混ざろうぜ、リーナ」
やれやれと半分呆れつつ、リーナの方を振り返る。
すると、リーナは戸惑うように眉を寄せてそわそわしだした。
「いや、私は……。暗くなるまでまだ時間があるから、明日のクエストのために谷の下見に行ってこようと思う」
「下見ならば必要ないんじゃないか。ドゥブルフツカの谷は観光スポットになっているから、村の案内所でマップがもらえるらしいし」
レンがリーナにそう伝えたが、リーナはふるふると首を横に振った。
「いや……やはり自分の足で確かめた方が安心だ。下見に行くのは私一人で構わないから、皆は気にせずここにいてくれ」
リーナはそう言うと、サラサラした銀の髪を翻し、店の外に出て行った。
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