10 貧乏人のプライドよりも

 昼食を終え、俺たちはいよいよ初めてのクエストに出発した。


 エベリ婆さんに見送られ、宿屋のある路地から村のメインストリートへ出る。


 台所仕事を手伝うためにエプロン姿になっていたおかんだが、クエストへ向かう出で立ちはやはり毛皮マントに爬虫類スパッツの、半モンスタールックだ。

 しかも、脇にはバスコの店からふんだくってきた『家事が断然ラクになる! 主婦の知っ得スゴ技&裏ワザ大百科』を携えている。


「おかん、その動きにくそうな衣装もアレだが、その分厚い本は重いし邪魔でしかないだろ。今からでも戻って宿に置いてくれば?」


「ユウ君、何言うとんねん。これはおかあちゃんのバイブルやで」


「バイブルったって、字が読めないのに持ってても役に立たないだろ?」


「文字なら、パーテーの合間にリーナちゃんやレンちゃんに教えてもろたらええやん。三日もパーテーすれば食べ疲れもするし、ゆっくり胃を休める時間も必要やろ」


「あのなあ、おかん。クエストってのは、アウトドアパーティじゃないんだぞ。吸血コウモリの駆除がメインで、それ以外の時間のほとんどはドゥブルフツカへの移動にあてられるんだ。宿では十分に休息を取らなくちゃ、体がもたな──」


「おぅーい! 待ってたぞー!」


 俺がおかんに今一度クエストの大変さを諭そうとした時、レンが俺たちを呼ぶ声が耳に届いた。


 ふと顔をそちらへ向けると……


「な……っ、なんだよ!? あの豪華馬車は!?」


 この村では見たこともないような四頭立ての金ピカ馬車の窓から、金髪碧眼のイケメンが身を乗り出して手を振っている。


「レンの家の馬車だ。あいつはやはりあれでクエストに向かうつもりらしい」


 俺の隣を歩いていたリーナが、心底嫌そうな顔をして額に手をあてた。


「え、俺はてっきり歩いていくもんだとばかり思っていたが……」


「ある程度の報酬を得られるようになるまでは、徒歩で移動する冒険者がほとんどだ。あんな成金趣味の馬車でクエストに向かうのはレンくらいなものだろう」


 そうか、レンは確か自己紹介で、ショーナ地方で一番大きな魔法道具卸問屋の息子だって言ってたな。

 一流魔道士という自称は胡散臭いが、金持ちの息子というのはどうやら本当のことらしい。


 俺たち三人が近づくと、馬車の脇に立っていた御者が、豪華な扉をさっと開けた。


「レン、私は悪目立ちするのが嫌いだ。ドゥブルフツカには徒歩で行くか、せめて駅馬車を使わないか?」


 開いたドアの前で立ち止まったリーナは、中に座るレンにそう提案した。

 しかし、見るからに上機嫌なレンは、信じられないとでも言うように目を丸くして肩を竦めてみせる。


「そりゃあ君たち貧乏人は歩き慣れてるかもしれないけどさ、僕なんて一時間も歩いたら高級ブーツに覆われた足がマメだらけになっちゃうよ。それに、粗末な駅馬車なんて尻が痛くなるだろう? うちの馬車なら、座面もふかふかで疲れ知らずだよ」


「おい、お前、一体何様のつもりなんだよ!?」


 レンの言葉に、リーナを差し置いて俺が逆上し、食ってかかった。


 所詮は親の持ちモンの馬車だ。

 自分の稼ぎで乗ってるわけじゃないのに、得意になってるこいつがめちゃくちゃ気に入らねえ。


「馬車なんて前近代的な乗り物は、確かに俺の尻に合いそうもねえ。リーナ、おかん、俺たちは別行動で向かおうぜ」


「ユウト……いいのか?」


 リーナの手を掴み、俺はくるりと踵を返した。


「おいっ、ちょっと待てよ! せっかくパパから借りてきたのに……」


 レンの慌てふためく声が聞こえるが、俺は構わず歩き出す。


「ユウト、すまない。私が乗りたくないと言ったばかりに……」


 しばらく歩いていると、俺の手に素直に引かれていたリーナがそう呟いた。


「リーナのせいじゃないさ。あんなゴテゴテした馬車に乗るのは、俺だってこっ恥ずかしいしな」


 おどけたような笑顔をつくってみせると、リーナがほっとして笑みを返す。

 勢いで握っていた手をほどこうとしたら、逆にリーナに握り返されてしまった。


「ユウトは優しいんだな」


 翡翠色の瞳が、揺らめきながら俺を見上げる。

 はにかみながらそんな風に言われると、なんだか無性に照れくさいな……。


「そっ、そういや、日本には、馬車よりも速くて快適な “自動車” って乗り物があるんだ」


「ジドウシャ? 馬よりも速いって、モンスターにでも引かせているのか?」


「いや、ガソリンっていう燃料で動くんだ。あれを見れば、自慢しいのレンだってきっと腰を抜かすよ。な、おかん……?」


 と、後ろを振り返り────


「あれ……? オカンさんがいない!?」


 俺とリーナは、初めておかんがいないことに気がついた!


「おかんっ!?」


 来た道を慌てて視線で辿る。

 すると、レンの成金馬車の窓から、おかんの被ったサーベルベアーの頭が見えた。


 窓から頭を出したおかんが、こちらに手を振った。


「ユウくーん、リーナちゃーん、おかあちゃんは貧乏人のプライドよりも楽を選ぶさかい、現地で会おうな~」


「ちょ、おかん!! 何ちゃっかり馬車に乗っちゃってんだよっ!?」


 俺のツッコミも虚しく、レンとおかんを乗せた成金馬車は、ガラガラと音を立てて動き出したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る