09 いけすかないイケメンの意外な長所
“霹靂の
ふらふらと食卓へついた俺だったが、そこで予期せぬ懐かしい香りが、鼻腔を優しくくすぐった。
「え、これ……味噌汁の匂いか?」
思わず見上げると、エプロン姿のおかんがドヤ顔で頷く。
「ソイビンゆう発酵乳製品をエベリさんに味見さしてもろたら、味噌の風味によう似とってな。お湯で溶いたら、味噌汁風のスープとしていけるんちゃうて思うたんよ」
その説明を聞きながら、俺は木製のスープカップを両手で持って顔に近づけた。
青菜を具にした味噌汁風のソイビンスープは、味噌汁に牛乳を混ぜたような色と香りで、日本人の心を落ち着かせるような優しい湯気を漂わせている。
「ソイビンは、シューゲルや蜂蜜を混ぜて甘くして食べるのがこの地方の伝統的な食べ方だ。それをスープにするというのは斬新だな」
リーナも俺を真似て匂いを嗅ぎつつ、感嘆の声を漏らした。
おかんの常識外れのアウトドア料理を何度も口にしているリーナは、食べたことのない味噌風味スープの味にも期待しているようだ。
スープのほかには、パンとコロンと丸いソーセージ風の肉が二つ、そしてサラダ。
シンプルで素朴な田舎料理の温かさが、黒歴史を晒されて瀕死の状態に陥っていた俺の心をじんわりと癒してくれる。
「いただきます」
両手を合わせてから、早速味噌汁風のソイビンスープを口に運んでみた。
「あー……なんかほっとする味だな」
ひと口飲んだ後に、思わずそんな感想が漏れる。
青菜はほうれん草のように柔らかく、スープの味は見た目どおり、牛乳とバターを入れたような、まろやかでコクのある味噌風味だ。
そういや、転移した日の朝にも、おかんの作った味噌汁を飲んだんだったな。
たった数日前のことなのに、随分と昔のことのように感じる。
「うん……やはり美味い。オカンさんの斬新な料理にはいつも驚かされる。まさに “食の賢者” だな」
「まあな。うちがおったら、どんなクエストも
クエストを未だに食材と勘違いしているようだが、そんなおかんを見ていると、これから向かうクエストへの不安や緊張が薄れてしまうから不思議だ。
「クエストと言えば、今回はあのレン坊も一緒だそうじゃな」
ずずっ、とスープをすすったエベリ婆さんが、しわくちゃの口元をもごもごと動かしながらそう呟いた。
「エベリさんもレンを知ってるんですか?」
「いんや。その子のことは知らなんだ。じゃが、あの子のことは、小さい頃からよぉーく知っておる」
「それってレンを知ってるのか知らないのか、一体どっちなんですかっ!?」
俺のツッコミを理解したのかしてないのか、エベリ婆さんはしわくちゃの顔にさらに皺を寄せ、ほっほっ、と愉快そうに笑った。
「あれはリーナの両親が魔王軍に寝返り、この村に戻ってこないとわかった時のことじゃった。村の子ども達が、リーナを虐め出したんじゃよ。お前の親は村の裏切り者じゃとな……。しかし、レン坊は石を投げつけるガキ大将の前に立ちはだかり、リーナを庇ったんじゃ」
「へえ、レンが……。ああ見えて、実は結構いい奴なんだな」
あのキザで嫌味ったらしい言動の裏には、優しさや正義感が隠れていたみたいだ。
しかし、隣でサラダを頬張っていたリーナは、俺のコメントを聞いて盛大なため息を吐いた。
「それだけ聞けば美談だがな。その話には続きがある」
「続き?」
「成金の息子で自慢ばかりするレンは、私以上の嫌われ者でな。レンもついでにやっつけてしまえとばかりに、ガキ大将達の石投げがエスカレートしたのだ。しかし、レンは反射神経が異常にいいのか、飛んできた石をひょいひょいと器用に避けるのだ。ガキ大将達が諦めて立ち去るまで、奴の避けた石はことごとく私に当たり、私はかなりのケガを負わされた」
「うわぁひでぇ……」
「しかもその後、無傷のレンは、傷だらけの私に向かって何て言ったと思う? ドヤ顔で、『あいつらを追い払ってやったんだから、僕に感謝しろ』と。その時、もうこいつとは二度と関わるまいと思ったのだ」
何と言うか……返す言葉が見つからない。
嫌な奴の良い一面を垣間見たと思った途端、そいつのせいでさらに酷い目にあったんなら、そりゃあ恨みたくもなるよな。
まあ、あいつの顔以外の取り柄が異常な反射神経の良さというのを知ることはできたけれど。
「なるほど、レンちゃんはなかなかのトラブルメーカーっちゅうことやな。手のかかる子は、おかあちゃん嫌いやないで。こらますますクエストが楽しみになってきたわあ」
肉をかじるおかんが不敵な笑みを浮かべる。
にんまりとしたその顔つきは、レンに負けず劣らずのトラブルメーカーとなる予感をたっぷりと孕んでいた。
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